★この世でいちばん大事な「カネ」の話/西原理恵子 ASIN:4652078404
鴨志田穣は偉大だったと言いたいが、西原理恵子が当然同じく偉大なのはなぜなのかが納得できる。ギャグにするしかないすさまじい生い立ちの告白と、そこから育まれた、健気に頑張ることの大切さの自覚、金という魔法に対する正直な思い。
漢字にすべてルビがふってあるなあと思ったら、理論社の「よりみちパン!セ」シリーズなのだった(中学生以下向けという)。その「よりみちパン!セ」の最近の刊行には、バクシーシ山下『ひとはみな、ハダカになる』、松江哲明『正しい童貞の失いかた』、叶恭子『叶恭子のジュエリー12ヶ月』などもある。21世紀少年に期待を。
★中原昌也作業日誌 2004→2007 ASIN:4990404904
適当に読む。西原理恵子は《「人間はお金がすべてじゃない」「しあわせは、お金なんかでは買えないんだ」っていう、アレ。/そう言う人は、いったい何を根拠にして、そう言い切れるんだろう?》と迫っていたのだが、それにいくらか呼応する苦悩を、中原昌也が紋切り型で執拗に書いているので、可笑しかった。
《2007年2月19日 (前略) 最初から金持ちの子供にでも生まれていれば、まともな表現でもバリバリやって明るく生きることができたかもしれないと思うと、いまさらながらガックリくるし、それだけはどう考えてもやり直しがきかない。いや、金持ちの息子だったら、まさに本当に何もしない、何も作らない人間になっていたかもしれない…と思うしか救いがない。いやいや、何もしない何も作らない人生のほうがよっぽど幸せだったかもしれないし。結局は金を持つことにしか精神の自由を持つことのできない世の中なんだろうか。ウンザリだ》P371
★こんな料理で男はまいる/大竹まこと ASIN:4048533746
これを眺めていて「そうだ自炊しよう」と思い立ち本当に始めることになった。シンプルにうまいものを繰り返し作って食べるという哲学がいい。玉子丼、野菜炒め、和風スパゲティ(ベーコンやピーマン入り)など試す。
★映画崩壊前夜/蓮實重彦 ASIN:4791764234
『インビテーション』誌などで2000年以降に書かれた短めのレビューをたくさん集めた一冊。
蓮實重彦にとって映画とは実在だ。つまり映画というイデアが揺るぎなく在ることはもう無条件の前提なんだろう。したがって、それが顕現されたと確信する作品への絶賛ぶりは、もう神への信仰、帰依のごとくに感じられる。そこでは、奇跡の事実を冷静に積み上げた説教が行われているのだが、結果的にはひたすら「○○は素晴らしい!」という熱情ばかりが大いに伝道される。しかし蓮實先生は映画のしもべなのだからそれでよいのだろうし、私たちもそれゆえに映画の実在を疑わないようになった。
《たとえば、溝口健二の『近松物語』、ジャック・ベッケルの『穴』、あるいはロベール・ブレッソンの『ラルジャン』。そこでの画面の持続と連鎖にはこれっぽっちの過剰も欠落もまぎれこんではおらず、ひたすら完璧というほかはない。それでいて、その完璧さそのものが、題材にはかかわりなく、始末に負えぬ過剰として見る者を困惑させにかかるので、あまりに透明であることの痛みに、人は思わず茫然自失するしかない。しかも厄介なことに、この困惑と痛みの起源は、どこにも見えてはいないのである。処女作『Helpless』以来の青山真治の作品は、そのつど、その困惑と傷みの不可視の起源に向けての理不尽な闘いにあったといってよい》p82
《『子猫をお願い』の輝きは、そのことごとくが、映画ならではの運動することの美しさからきている。実際、ここでは、娘たちのあてもないそぞろ歩きや、携帯電話を耳にあてがってふと立ち止まることさえが、そのつど決定的な運動として画面を震わせている。彼女らがバスや電車にとび乗っただけで、車窓に流れる何の変哲もない風景が、まさにその場で映画が生成し始めたかのように、見る者を陶酔させずにはおかないからだ。照明の消えかけた深夜の地下街を酔った足取りでかけ抜ける五人の仲間のはじけるような躍動感。移動する人影や走行中のバスの車窓にキャメラを向けることは、選ばれた逸材だけに許された特権なのだ。その特権と大胆かつ繊細に戯れることで、チョン・ジェウンは、処女作としての一回かぎりの輝きを晴れがましく身にまとう。そうすることで、彼女は、韓国独特の風俗を、映画にとって必須の細部へと奇蹟のように変容させてしまう》p224
アーメン。
★脳はあり合わせの材料から生まれた(早川書房)ASIN:4152089970
この本の原題は「KLUGE(クルージ)」という。以前、新宿駅の京王線と埼京線はなぜあんなに離れているのか(京王新線はもっと遠かった)、また、人体にはなぜ歯と歯茎の間などという変な場所があるのか、と問うた(http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20051105#p1)。実はその事実こそ、「人間というものが、神による創造ではなく、祖先の生物にすでにあった身体の部品がうまく転用されて出来上がった」ことの根拠になる、という話だった。その「あり合わせの材料から生まれた」という考え方を示す一語が「KLUGE」なのだそうだ。
そしてこの本は、人間の体だけでなく脳すなわち心もまたクルージなんですよとまず指摘し、その具体例を「記憶」「信念」「選択」「言語」などに分けて説明していく。その具体例の説明は脳科学というよりけっきょく心理学かなあという印象だが、とても面白いことにかわりはない。最近注目の行動経済学という分野では心理学と経済学が接近しているとされるが、そうした実際の経済行動のいいかげんさもまた、心とりわけ「選択」のいいかげんさ(KLUGEぶり)に由来するということになろう。また、「記憶」は脳よりコンピュータのほうが明らかに得意だということを改めて思った。
「言語」のKLUGEぶりというのは、コミュニケーションの道具としても思考の道具としても言語はちっとも完全じゃないよということ。そのことは岩波の雑誌『科学』(下)でもちょっと指摘されていた。詳しくは改めてまとめたい。
同書の詳しく分かりやすい紹介がこちらにある → http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090102#1230896181
こうしたサイエンスのワンポイント本を早川書房はけっこう出すとおもう。たいてい本の表紙があまり硬くないのが好ましく、表紙のイラストも気が利いている。
★雑誌『科学』(岩波)2004年7月号〜特集「言語の起源」 =読書中=
関連 → http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20090115#p1
★人類はどのように進化したか―生物人類学の現在/内田亮子 ASIN:4326199423 =読書中=
上記「言語の起源」の座談会に出席していた研究者の一人が内田氏。生物としての人間に関する知見のイロハ、そして、言語を含む人間独自のコミュニケーションから文化や社会の在りようにまで帰結していった進化的な基盤についての知見を、冷静に簡潔にまとめている印象。同書冒頭で示される進化論という考え方のエッセンスがまた明瞭で、私にはかなり役に立つ。またいずれ。
★四とそれ以上の国/いしいしんじ(短編連作小説) ASIN:4163277005
読書中毒で知られた友人に「なにか特に面白い小説は?」と聞いて推薦してもらった一冊。
第一作「塩」を読んだ。その人の言うとおり、活字を読むなかでしかありえない奇妙なイメージ、奇妙な体験だった。奇妙さというのはなかなか伝えるのが難しく、とりあえず何に似ているかを考えるしかない。「塩」は、全体として平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』に、おかしなことが説明なしに起こっているところが黒沢清の映画に、それなりに似ているか。ラストの語り口などはつげ義春「ねじ式」をふと思い出した。しかし似ているといっても同じでは全然ないわけで、「塩」の奇妙さはやっぱり初めて出会ったものなのかもしれない。どうしてこういうものを書こうと思い立つのか、謎というしかない。
高橋源一郎のレビューでおおよそのことが分かる → http://www.bunshun.jp/yonda/shikoku_plus/shikoku_plus.htm
★世界と日本のまちがい/松岡正剛 ASIN:4393332717
歴史とは、とりわけ近代史を振り返るとは何を意味するのか。つまるところ「国民国家と資本主義の正体、すなわち、それがいかにして誕生し、いかにして成長し、いかなることをしでかしてきたのか」に集約されるのかな。…などという考えてみれば基本中の基本のようなことに、実感として気づかされた。
松岡正剛の読書量と知識量そしてそれが結ばれるときの星座のような鮮やかさには、あきれかえるしかないのだが、その松岡正剛が、16世紀あたり以降の世界史そして東アジア史や日本史を、上記のテーマと一続きの口調によって語っている。私たちも、年を重ねていくなかで、他でもない自分が生きてきた世界の成り立ちについて、これくらいの内容のことをいつかはそらんじて言えるようになりたい。そんなふうにも思う。
さて著者は、人類が自由を得るための方法は資本主義一つであるはずがないと、じわじわと主張していく。そうすると、じゃあ代替案として何を示してくれるのだろうという期待が高まる。最後の最後に示された答えは「苗代を作ろう」。いささかヘンテコなメッセージだ。
《何であれ、成果をすぐに市場に出して是非をつけようというシステムは、たしかにわくわくするような武者ぶるいをもたらすものですが、これは首尾一貫しすぎているんです。コンシステンシーがありすぎて、価値がコヒーレンスになりすぎる。そうではなく、価値はもっと多様に分散し、システムはもっと自律的に分節されたほうがいい。それを幕藩体制のような各地に藩札があった時代ではない今日に、さて、どのように組み立てていったらいいのか。難問ですね。しかし、せめて各方面の産業やお役所が、さまざまな成果の芽をいったん「苗代」にしてみようと思えば、きっといくつもの提案がおこってくるとも思えます。》
わりと平凡にも思え、そこから具体的な示唆を得るには解釈を要する。いわば漢方薬的な効き目を目指してはいるのだろう。
ところで、グローバル経済を著者は資本主義の進化形とだけ捉えているようだが、ふと考えるに、現在世界を覆い尽くそうとしているグローバル経済というものは、19世紀くらいに起源のある国家や国民というシステムの衰退をこそ意味する、とみることも十分可能だろう。もしかしたら、テロと呼ばれる側の戦争行為は、そうした近代的な国民や国家もしくは宗教の衰退に対してむしろ「ノー」という思いから発動している、というふうにもとれるのではないか。(もちろん現在のテロ戦争は、貧困や格差からくる羨望や憎悪にこそ最大の根拠があるとは思うが)
★公共空間としてのコンビニ(朝日選書) ASIN:4022599472
コンビニの国ニッポン、コンビニこそ国民および国民生活の象徴。そうした確信を強くした。著者は『太陽』元編集長。
先に少し書いた → http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20090130#p1
★ハイデッガー『存在と時間』註解(ちくま学芸文庫) ASIN:4480085807
とても丁寧に書かれているようだが、じっくり読む体勢になく、開いただけで、返却。
★日本語オノマトペ辞典 ASIN:4095041749
これも読まずに返却。日本語にオノマトペはこんなに多いのだということはわかった。
★史上最強の人生戦略マニュアル/フィリップ・マグロー ASIN:4877712399
こうした本が自分の本棚にあることを(図書館から一時的に借りただけでも)あまり知られたくはない。しかしこの一冊には、常に向上心を忘れず仕事や生活にあたりたいと一心に願う皆様にとっては、まさにその精髄が考え抜かれ整理されていると思う。訳者の勝間和代がベタ褒めするだけのことはある。聖書的?
人間の能力という資源をいかに活用すべきか。そのことについてならこうした本はまったく手を抜かないわけだが、本という資源の生かし方にも手を抜かず自ら実践するので、ありがたくも非常に読みやすくなるのが吉。ぱらぱらとページをめくる程度でも、見出しやゴチック文字などでポイントはひとりでに入ってくる気がしてしまう。恐るべし。…というか自己啓発のコツなんて今や誰もがすでに分かってはいるのかもしれない(やろうとしない、できないだけで)
それにしても、自己啓発が有益だと内心わかっていても、心底好きにはなれないのはなぜだろう。どうも私は、世界についての真実は知りたくてしかたないのだが、私自身についての真実はあんまり知りたくないのだろう。ましてや人から勝手に知らされたくない。
少しだけ抜き書き。
《恨みや怒りには大きな力があり、心にいったん入り込むと、関係すべてに影響を及ぼす。こうした感情は、本当にあなたを別人のようにしてしまう。/それまでのあなたではなくなり、憎しみや恨みがあなたという人間の特徴になる。結局のところ、こうした感情が強力なのは、あなたという人間を変えてしまうからだ。あなたの行動を変え、あなたが与えなければならないものを汚すのである》
この一節を私は、自分だけでなく、ガザからイスラエル領へと今しもロケット砲を撃とうとしている人に聞かせたいと思った。
そして、同書は次のように結論する。p311
《最後に、きわめて受け入れるのが難しいかもしれないが、あなたやあなたが愛する人に対して罪を犯した人間を許すのは、相手のためではない。あなたのためだ》(*この「あなた」は自分を指している)
(略)
《「あなた(*この「あなた」は憎しみの相手を指している)は、私の心を冷酷にし、私という人間と私が大事にするものを変えることによって、私を傷つけることはできないし、私の前から消えてからも、私を支配することはできない。/選択するのは私だ。あなたは、私の代わりに、私がどう感じるか選ぶことはできないし、私はあなたにそんな力を与えるつもりはない」》
本当にそう言いたいと思う。
…だが、憎む者を私たちは本当にそのように許せるのだろうか。自己啓発を行えばそんなことが本当にできる日が来るのだろうか。私はどうなのだろう。パレスティナの人はどうなのだろう。イラクやアフガニスタンの人はどうなのだろう。中国の人や日本の人はどうなのだろう。