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【2019 輪廻転生】

★黄色い家/川上未映子

川上未映子『黄色い家』。面白く、読みやすく、あっというまに読了。

 

以前の『夏物語』もそうだったが、文化資本の乏しさということをまず思った。生まれ育った家にちゃんとした本なんて1冊もなかったなというあの感じ(私の家もそんな感じだった) そしてやけに詳しく描かれるのがスナックの世界やテキヤの世界。マックのメニュー。風水の実践。

 

犯罪小説ということで読み始め、冒頭すぐ かの北九州監禁殺人事件みたいな話になるかと思ったが、そうではなかった。そもそも犯罪はなかなか始まらず、むしろ心温まる物語が続き、このままでもいいとも思うわけだが、半分経過ぐらいで犯罪開始。それはさもありそうな犯罪だったとも思う。

 

『夏物語』もそうだったが、身の上話にぐっと引き込まれた。作家の筆力まさにここにありと言いたい。母子家庭がアイデンティティといえるような語り手はおなじみだが、加えて、境遇は異なるがどん底さは劣らない複数の10代女性、さらに今回は恵まれない青年男性の人生のしのぎも詳しく語られる。

 

そしてメインテーマはやはり「お金」と言っていいのだろう。印象に残ったくだり。《もしすべてがばれたらわたしは警察に捕まってニュースになって、世間の人々が口々にわたしを非難して責めることもわかっていた。誰だってみんな金が必要で、だからこそ汗水たらして働いているのだと。でもわたしは半笑いで言ってやりたかった。わたしも汗水たらしていますよと。誰の汗水がいい汗水で、誰の汗水が悪い汗水なのかを決めることができるあなたは、いったいどこでその汗水をかいているんですか? たぶんとても素敵な場所なんだろうね、よかったら今度行きかたを教えてくださいよ、と。》

昔読んだ『老人喰い』(鈴木 大介)などを当然思い出しつつ、こんな理屈の見事さと反論の難しさを改めて思う。そしてこのお金の哲学はここがむしろ終点。この先の展開でさらに深まったり覆ったりはしなかったと思う。物語はむしろ交友の破局・人の絆の破綻として落とし前をつけていく形に思えた。

お金がらみの付箋まだまだあった。
《金を出すやつは金を出してもらうやつより強い。金を出してもらわないといけないやつは、金を出してくれるやつより弱い》
《あんたが貧乏だったこと、あんたに金がなかったことに、なにか理由がある? 理由があったか?》
《「金は権力で、貧乏は暴力だよ」》

 

川上未映子の小説は海外で盛んに翻訳されているという。『夏物語』は40か国とも。村上春樹が好きな海外の人と、なぜこれが日本で売れたのか なんとなく言い訳めいた気分で しかし嬉しい気分で話がしたいように、川上未映子が好きな海外の人と どんな気分で話がしたいだろうか、とふと考える。

海外の読者「ところでさ、ラッセンの絵って、どんなの?」 

あいまいな日本の私「いや、えーと、そのあの…」