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【2019 輪廻転生】

石戸諭「沖縄ラプソディ」

石戸諭の多層的なルポ「沖縄ラプソディ」(Newsweek 2.26)を読んだ。

辺野古や沖縄のことを、私としてはこれまでになく真面目に知り考える機会になった。賛成派か反対派か(あるいは本当は無関心か)すぐに透けてしまうような多くの記事とは、書き手のスタンスが明らかに異なっていたからだろう。

《「どのような立場で取材をしているのか?」「当事者に寄り添ってほしい」という声を聞く。問いに対する私の答えは、「自分は歴史の当事者」として考えているというものだ》 

――長い記事をどうしても最後までたどらずにいられなかったのは、こういうところに共感したからかもしれない。

https://twitter.com/hashtag/%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%83%A9%E3%83%97%E3%82%BD%E3%83%87%E3%82%A3?src=hash

 

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さてさて。辺野古移設は進めるべきか止めるべきか―― こうなったら人工知能にでも決めてもらったらどうか。こんなことを言うのは、「人間の個人の強い思いや人間の集団の大きい思いであれば、それが最も賢い答である」などとは、近ごろあまり感じられなくなってしまったからだ。

つまり、「辺野古への基地移設は、私の幸福や沖縄の幸福や日本の幸福や世界の幸福にとって、益になりますか、害になりますか」。これに対する最適解は、そもそも、人間であれ人工知能であれ、ただ冷静に思考してこそ得られる類のものだろう。

ただし、そのような冷静な思考による最適解によって、私の思いや沖縄のだれかの思いや日本のだれかの思いや世界のだれかの思いや石戸諭のルポが伝える多様な思いは、考慮されない。ひょっとしたら考慮されるべきでもないだろう。すなわち「語りえないものについては沈黙をしなければならない」

とはいえ、ここで忘れてはいけない。「語りえないものについては沈黙をしなければならない」(論理哲学論考)は、「語りえないもの」のほうが世界や生の本質である、そんなこたあ当たりめえだろう! というのがウィトゲンシュタインのスタンスだったと考えられることを。

誤解のないように補足:「語りえるもの」=人工知能が得意かもしれない辺野古移設に関する最適解。「語りえないもの」=「辺野古移設をめぐる私や沖縄や日本や世界の人たちのさまざまな思い」

しかしながら。「もうそろそろ、課題によっては、トランプや習近平や与党や野党なんかより、人工知能に任せたほうが、いいんじゃないの」 これは最悪の思いつきでもないのではないか。

もう1つ大事な補足。「語りきれぬものは、語り続けなければならない」と野矢茂樹さんはいわば最終的なスタンスとして述べている(『論理哲学論考』を読む)

★哲学入門/戸田山和久

戸田山和久『哲学入門』ちくま新書(2014)

https://pic.twitter.com/nLhkKt0qea

 ここまでぼろぼろになったのは浴槽に落としたせいだが、気持ちとしてもこれくらい熟読した。

生物は岩石とは違う。さらに人間は他の生物とは違う。つまり、私たちがものごとを捉え応じるこのやり方は、山が雨に打たれるのとはどこか違い、蚊が血の匂いに寄ってくるのともどこか違う。でもどう違うんだ? そこを徹底してクリアに見極めた一冊。積年のもやもやがスカッと消えた(かも)

もやもやをキーワードにするなら「表象」や「自由」といったものになる。同書はこれらを章のタイトルにして、人間の認知や行動の複雑さ精緻さを追っていく。読み通した感想を一言でいえば「私たちは奇妙ではない、私たちは健全なんだ

《本書は唯物論的・発生的・自然主義的観点からの『哲学入門』だ》と序文にある。そして参照されるのは主にミリカンやデネットといった人の考え。だから著者は、思考がクリアであるのみならず、その立脚点も隠さず潔い感じ。

反対に著者から遠いのはポストモダン現代思想の系統だろう。《私はドゥルーズがホンに苦手で、何度読んでも投本断念》とも書いている。ドゥルーズデリダフーコーは、人間や世界を「健全」とはみなさず、その秩序や価値の流動性や不透明性こそを見つめている、と言えるのかもしれない。

以前この本を途中まで読んで、すでに独創的な一冊だと確信したが、タイトルが「哲学入門」ではその独創性がまったく伝わらないと思った。しかし今回通読してみると、最終的にはなぜか「生きること全体の目的など実はないのになぜそれを求める?」といった、まるで「哲学骨の髄入門」に至っていた。

 

 哲学入門 (ちくま新書)

 

有益なレビュー:https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R2JVNL5JG9865X/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=448006768X

仕事、仕事

あしたは休みだから仕事できるのだからきょうは仕事しなくて休んでもいいのだ。それでいいのだ。♪

 

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制御資源というもの(考え方および実体)があるのか。初めて知った。興味深い。 https://twitter.com/philomyu/status/1096568565510004736

以下に詳しく分かりやすい用語説明がある。うなずくことばかりだ。

https://kagaku-jiten.com/social-psychology/individual/self-control.html

家でだらだらしながらのほうが仕事のパフォーマンスが上がり、オフィスできゅうきゅうしながらだと下がるのは、この制御資源の余裕と枯渇による違いだろう。なるほど納得した!

 

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《無職に飽きるのではなく、お前の社会不適合者力が、とにかく怠け続けたいという怠惰な心が社会の圧力程度に負けたが正しい因果関係でしょう》(以下のブログより)

http://nyalra.hatenablog.com/entry/2019/02/15/205156

 

統計問題とかいうけれど

 

BSのTBSで、政府の統計問題をやっているのを見ていたら、ある出演者の理屈の熱弁が「私に似ている」と言われた。藻谷浩介さん。いや実のところ、藻谷さんの主張と口調に共感するからこそ、この番組を見ていたのだ。

藻谷さんは「政治家もマスコミも経済と統計がぜんぜんわかってない。もっと勉強してよ」だった。GDPがOKかNGかで経済の総合判定ばかり求めても ほとんど益がない。そんなのは、人間ドックを受けて「ごちゃごちゃ言わず とにかく健康かどうかの総合判定をくれ」というようなものだというのだ。

しかし本当は、たとえば高血圧とかコレステロールとか尿酸値といった各項目の意味を知り、ぞれぞれの数値をしっかり把握しなければならない。さもなくば、病気や死を免れない、というわけだ。きわめて納得の熱弁ではないか。

ちなみに、藻谷さんが、なんかいつもヒゲを完全には剃ってなさそうなところは、本当に私に似ている。

 

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起きる、生きる、飽きる(そんなことはない)

 

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仕事を追いかけて追いかけて、気がつくと、あれ、仕事が追いかけてくる。ウロボロスか。いやなウロボロスだ。かつ、なんとまあサイクルの小さいウロボロスであることか。