東京永久観光

【2019 輪廻転生】

職業図鑑

Before There Were Alarm Clocks, Knocker-Ups Were Paid to Wake Up Their Clients by Knocking!

時計がまだ高価で信頼できなかった時代の話ということで、じゃあそれ以前 寝坊助はどうやって起こしてもらってたんだ? と思うわけだが、それ以前は無理に起きる必要がさほどなかったのだろう。無理に起きる必要が出てきたのも、おそらく産業革命のせいだ。世界史は面白いね。

 

 *

 

ついでに。

《私が全力をもって主張したいことは、現代世界では仕事は美徳であるという信念によって計り知れぬ害悪がなされており、人間が幸福と繁栄へ至るためには、仕事を組織的に減らしていくことが必要だ、ということ》「怠惰への賛歌」バートランド・ラッセル

http://mickindex.sakura.ne.jp/russell/rsl_iPoI_jp.html

 

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<7月31日>

どうしても仕事ができない時間帯と、どうしても仕事しかできない時間帯。それ以外がない生活。ちなみに冷房充実生活。

 

 

 

★量子力学のオデオロギー/佐藤文隆(続き)

https://tokyocat.hatenadiary.jp/entry/2019/07/14/000000から続く

量子力学のオデオロギー』、やっぱり頭と心を完璧に奪われる。私がずっと愚鈍に考えていることの、明晰な答え、少なくとも明晰な問いが、ここには書いてある。

同書にはプリンキピア(ニュートン)の意義を考察した章もある。著者は、近代科学がキリスト教を継承したという観点にはっきり立ったうえで、両者における「合法則」(一切はなんらかの規則に従っている)と「合目的」(一切はなんらかの目的に向かっている)を見つめ直す。

そりゃ「合目的」なんて、宗教にはあるけど、科学にはないだろう、と思うわけだが、そう単純でもないところが、読みどころ。次に引用。

《現代科学が描く世界の創成と運命も、現在の価値ある人間世界が実現する必然性について語ることになる。それは現に人間が存在しているのだから当然である。実証性を重んじる科学の立場から言っても、ランダムに起こったにしては驚くほどに組織化された世界を発見しつつある。そこに神の意志を読むのではないにしても、一体この世界は何に向かって進んでいくのか、という問いから目をそれすことは不可能だと言ってよかろう。また、科学はいかに人間からの独立性、客観性を装おうとも、上述のような人類の関心から独立してはおれないであろう》p.148-149

 

ちょうど1年ほど前の夏。無神論について考えていて、そうか「世界そのものに目的や意図なんていっさい想定できない」、それを思い知ることこそが無神論の核心なのだ、と膝をたたいた(骨折するほど)。その昂揚と動揺が同書によってよみがえる。

そして、ここがポイントだが、無神論者がそれでも神を探してしまうのは、それでもこの世の背後になんらか「目的」や「意図」を探してしまうこととイコールなのだ。そんなことを、17世紀のニュートンではなく、幸福の科学の人でもなく、佐藤文隆先生自身が思っているかもしれないところが、驚き。

プリンキピアの発見は、《神の御業を説きあかす営みと位置づけられた。有神論も合理化が進めば理神論となり、さらに汎神論となり、そこまでいけば無神論とは言葉の差である》p.147 → 今ここ(私) というやつだね。

 

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ところで、そんなこともあって、力学の基礎をちょっと勉強してみたら…

 

《世界は微分で書かれており積分で読む》(以下より)

 Cool !

 


【大学物理】力学入門③(運動方程式)【力学】

 

それで、ふと思い出した(下)


ただおまえがいい

 

♪ わずらわしさに投げた小石の 放物線の軌跡の上で 通り過ぎてきた青春のかけらが 飛び跳ねて見えた

 

 

 

吉本興業をめぐって

<7月20日

宮迫と亮の嘘は嘘だけど、小さい嘘だ。小さい嘘を大きい嘘にしたのは、ただ世間だ。私も大きい嘘はつかないが、小さい嘘はつく。これからも小さい嘘はつく。

 

<7月21日>

宮迫・亮の記者会見を受けて、松本人志がワイドナ生放送で話をするそうだ。これは楽しみ。選挙どころじゃなくなってきた。(仕事どころじゃなくなってきたのは昨日の会見からすでに)

個人的に、関心がこう最大まで高まった理由は、昨日の会見をぜんぶ視聴してしまい、経緯が手に取るように正確に説明されたこと、2人の気持ちに対して強い共感がことごとくかきたてられたこと。

 

<7月25日>

乗りかかった船のごとく、宮迫・亮、松本人志、吉本の社長、加藤浩次と続けて視聴した。いろいろなことを知った。そして、誰が間違っていて誰が間違っていないのか、そのつど考えさせられた。しかし…

しかし、それ以上に気になるのは、文春は間違っていないのか、テレビ局は間違っていないのか、私たち世間は間違っていないのか、だ。

そして、本当は最初から最も気になっていたこと。それは「反社」という言い草だ。「反社」って何だ? たとえば「反日」「非国民」という決めつけに批判的な人も、「反社」という決めつけは平気なのか?

たとえば、ISに対してすら「100%悪だとも言えないんじゃないかねえ」と余裕のある人でも、「反社」に対してだけは「100%悪です。議論の余地はありません」と断言するのだろうか?

そもそも、反社会的勢力と関わった者はテレビには出られません、という不文律は、どこに由来するのか。反社会的勢力を「黒」にすることで、テレビの会社とスポンサーの会社を「白」であることにする、そうした理屈にすぎないのではないか。

 

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のち、関連で視聴した。

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190727

NHKスペシャル 半グレ 反社会勢力の実像」

 

 

 

 

私は投票には行くのだが…

私は投票には行くのだが、皆さまが期待するところに入れるとはかぎらないのが心苦しいところだ(参院選

「安倍政権賛成」の人と「安倍政権反対」の人では、互いの気持ちがあまりにも謎だと感じられるはずだ。しかし、そうした戸惑いはあまり語られない。そのことのほうが私には不思議に思える。

もう1つ不思議なこと。「安倍政権賛成」が正しいなら「国民全員が安倍政権賛成」が最も正しい。「安倍政権反対」が正しいなら「国民全員が安倍政権反対」が最も正しい。理屈の上ではそうなる。……いやしかし、そうした国民全員が皆同じなどという状態こそ、最も正しくないとも感じられる。

こんなふうに「正しさがどこにあるのか」がどうにもわからなくなる。あるいはつまり「だれもがそれぞれに正しい」のだろうか? そうかもしれない。そうであるなら「これまでもこれからもいつだって政治は正しい」のかもしれない。

とはいえ、「いつだって政治は正しい」のだとしても、「今とにかく政治はひどい」という実感が正しくないなんてことも、信じられない。

しかし再び、とはいえ、「今とにかく政治はひどい」は、今だけでなく昔から常に実感してきた。それをわりと忘れているということもある。ほんとに「今が特別に悪い」のか? それとも「今が特別に悪いわけではない」のか?

答は風に吹かれている? ポピュリズムと英知の間をきまぐれに吹く風に。いずれにしても、結論としては、「今とにかく政治はひどい」という実感は、「いつだって常に間違ってはいない」のだと思う。

あした投票所のアルミニウムの机で手にした鉛筆が用紙の上に何らかの文字を描く。その行いはだれ一人として「間違っているということはない」のかもしれない。

 

「かもしれない投票」。

 …事故のもと?

 

生きた、書いた。きみはあと何回投票に行けるのか。あと何回花見ができるのか。それは人生の数少ない楽しみなのだと私は思う。

 

<選挙結果>

◎「山本太郎、れいわ…左派ポピュリズムの衝撃とどう向き合うか?(石戸諭) 」

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidosatoru/20190722-00135238/

 

◎“NHKから国民を守る党”が1議席獲得 「お金と候補者は全部YouTubeで集めた」選挙戦略を明かす

https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/nkoku-abema

都道府県の選挙に候補者を出して、2%以上を取った場合、いわば選挙資金は政党助成金として1票いくらで返ってくる。しかも供託金よりもたくさんのお金がもらえるということを計算してしまった》

そうなのか! こんなことを考案して実行して達成した人は、たぶん1億人のなかでただの1人もいなかっただろう。これを何にたとえるべきか。たとえばグーグルが検索の原理を世界でただひとり思いつき、さらに検索と広告の原理を、世界でただひとり思いついたのに、匹敵するような気がしてきた。

「次の衆議院選挙ではふざけませんから」(下の放送から) 驚愕。

https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p1234

 

東浩紀「安倍打倒だけが目的となった一部有権者の投票行動はじつに不安定」

https://dot.asahi.com/aera/2019072400024.html

 

 

 

人工知能ではなく生物知能

「超一流プログラマーはどういう働き方をしているのか?」

https://gigazine.net/news/20190719-when-best-programmers-work/

 

私と一緒だ! 平日と休日の仕事の比が。「超一流」がではなく…

 

自分の実働時間を知りたいと思うのだが、プログラミングの仕事だとログが残るので把握しやすいのだな。生産性までわかる。私の場合、グーグル検索の履歴をみる。だいたい何をしていたか思い知る。仕事の調べもののはずが、ジョコビッチの優勝歴を調べたりしている。

睡眠時間も、グーグル履歴が果てる時刻から見当がつく。私たちは、呼吸、拍動、検索する動物。

スマホには睡眠時間を知るアプリがあるようだ。しかもレム睡眠を察知して起してくれる。身体の動き(加速度)などから眠りの状態を推測するらしい。

 

そういえば、矢野和男さん(AI研究者)の本『データの見えざる手』では、その人がその時間に何をしていたかを把握するのに、やはり身体の加速度を重視していた。しかも、人間は一日に何時間活動したらもうダメかは、常に一定している、といったことも書いてあった。(以来、私も無理に頑張るのをやめた)

 

私たちは人工知能ではなく生物知能なのだ。数億年の生物進化の基盤が圧倒的で、知能はその上に危ういバランスで立っている。体も心もおそろしいほどに生物。筋肉も神経も頑張れる限度があり、それは超えられない。超えたら体や心が死ぬのは、私たち自身よくわかっている。

 

 

 

緩和ケアと安楽死

《ベッドで寝たきりになり、トイレまで歩くのがやっとになっても、自分の最期はまだまだ先の事、今考えなくて良いと思うのが、病人にとっては普通のことなんだと今の私にはよく分かります。今日と同じ明日が来ると》

以下から引用

https://www.buzzfeed.com/jp/takuyashinjo/euthanasia-vs-palliativecare?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter

「緩和ケアがあれば、安楽死はいらない」

 

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<関連>

https://www.buzzfeed.com/jp/tomohironishi/anrakushinogiron

「積極的安楽死に反対の緩和ケア医が、安楽死の議論を始めようとするワケ」

粘り強い考察。

こんなふうに緩和ケアと安楽死について考え抜くことができたあとであれば、どんな死でも、まあ仕方ないと思えるのかもしれない。