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【2019 輪廻転生】

★サピエンス全史/ユヴァル・ノア・ハラリ(柴田裕之 訳)感想


 サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福


読み進めつつ、以下は感想。


期待を超えて面白い!

現世人類の最大の特徴を言語とみるのは一般的ながら、著者はそれすなわち「虚構の思考」だとズバリ指摘して清々しいのだが、しかし最も深くうなずいたのは、その虚構思考こそが現世人類の同一種にあるまじき多様性をもたらしたという視点。確かに、猫やかつおやノミと異なり、人生は色々すぎる。

2、3年前から世界史が面白いと思うようになっており、それは、自分たちのこの状況が固定的ではなく過去からの流れでそうなったとか過去にも似たことは繰り返されたとかがわかり、しかも年をとって歴史の教科書にあるような大きな変化が生きている間にも起こるのだと知れてきた、からなのだが…

この本(サピエンス全史)は、そのタイムスパンがぐっと延びるのだ。類人猿系と人類系が別れた数百万年の大昔まで、そして、人類系のなかでホモ・サピエンスが出てきた20万年の大昔まで、と。それでどういう面白いことに思い当たるかというと…

世界史では、たとえば中世ヨーロッパは古代ローマに比べ文明の度合いが明らかに低く近代にやっと昔の水準に戻ったとか、驚かされるというかもはや信じられなくて面白いのだが、人類史ではそのスケールが広がるのだ。同書がやけに強調するのは狩猟採集の充実生活から農耕生活のどん底悲惨への転落。

他にも面白いトピックは目白押し。やはり最高の1つと思ったのは:《人類によるオーストラリア大陸への初の旅は、歴史上屈指の重要な出来事で、少なくともコロンブスによるアメリカへの航海や、アポロ一一号による月面着陸に匹敵する》 しかもこの眺望は長大な時間かつ相対化の視点があってこそ。

まだ上巻の半分で興奮しているが、もう1つだけ記すなら―― 現代人は「自然の改変・環境の人工化」といったことをやり過ぎだと反省しがちだが、その凄まじさは今に始まったわけではないことに、目を開かされる。《狩猟採集民が私たちの惑星の生態環境をどのようにして完全に作り変えたか》だ。

そしてそれもこれも(1生物にあるまじき多様性も破壊性も)、他のあらゆる生物が遺伝子のデザインを超えた生態を1つも持ち得ないのに対し、現世人類だけは違うからだ。それを思うとため息をつくしかない。その起点だった7万年前の認知革命(虚構の思考の誕生)からの全史を同書はたどる。

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狩猟採集生活から農耕生活への変化とは? 『サピエンス全史』はたとえばこんなズバリの一言で表す。「空間は縮小した」そして「時間は拡大した」。は〜なるほど〜 

空間が縮小したとは、多彩で自在だった狩猟生活と違い、限られた農地に縛られて暮らすようになったことを指す。しかも小麦などの限られた作物ばかりを食べるようになった。《…人類は多くの地域で、朝から晩までほとんど小麦の世話ばかりを焼いて過ごすようになっていた》

しかもこれは《私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化したのだ》。ヒトに増して小麦こそがこの地上をにわかに制覇した。進化の観点に立った著者のこの見方も非常に面白い。

とにかく狩猟採集生活を著者は過剰なほど賞賛する。動植物などの環境とも自身の身体や感覚とも調和を保ちそれらを生かし切った生活。しかも狩りは3日に1日、採集は毎日3〜6時間。それでも食べていけたという。この対比で貶めるのは1万年前からの農耕生活だけでなく、現代の工業生活もだ。

気の毒にもやり玉にあがるのは中国の工員。《朝の七時ごろに家を出て、空気が汚れた道を通り、賃金が安く条件の悪い工場に行き、来る日も来る日も、同じ機械を同じ手順で動かす、退屈極まりない仕事を延々一〇時間もこなし、依るの七時ごろに北区し、食器を洗い、洗濯をする》

では「時間が拡大した」とは? 《狩猟採集民はたいてい、翌週や翌月のことを考えるのに時間をかけたりしなかった》《ところが農業革命のせいで、未来はそれ以前とは比べようもないほど重要になった。農耕民は未来を念頭に置き、未来のために働く必要があった》

しかも実に皮肉なことに、《農耕民が未来を心配するのは、心配の種が多かったからだけでなく、それに対して何かしら手が打てたからでもある》 このことは現代ならではの悲喜劇だと思っていたが、こんな大昔に起源があったのだ。

現代の私たちこそ未来の予定が立ちすぎて未来ばかりを生きている。貯蓄などの行動は最も卑近な例だろう。しかもコンピュータとインターネットは未来をどこまでも詳細にする。

とりわけ、今しも正月の旅行準備中の私などは、フライトもホテルも観光も、あらかじめ予定を立てる余地がありすぎて、もはや未来の旅行をすでに済ませて帰ってきた気分だ。何が未来で、何か過去で、何が現在か。本当にもうわからない。

さてこの「時間の拡大」という私たちの宿命的な志向もまた、同書の最大テーマ「虚構の思考」が生み出したことに気づく必要がある。そしてこの虚構=想像上の秩序という観点でこそ、神話が、宗教が、民主主義が、さらに数が、文字が、明瞭に浮上してくる。私たちは普遍的に奇妙なのだ。


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(→ ここへ続く)