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【2019 輪廻転生】

ペラペラの自由と不自由


★世界のグロービッシュ――1500語で通じる驚異の英語術
 世界のグロービッシュ ─1500語で通じる驚異の英語術


グロービッシュに関する本を一冊読んだ。

グロービッシュ(Globish)とは英語の表現をシンプルに直し基本単語も1500に限定したもの。これを共通語にすれば英語の非ネイティブたちも楽にコミュニケーションできる。そんな世界を目指そうというのだ。

予想以上にアクティブで面白いなと思ったこと。身勝手なネイティブの英語話者はグロービッシュの普及にとってむしろ厄介者と考えられている!

実際さまざまな国際的な場面で非ネイティブどうしは平易な英語でけっこう話が弾むのだという。ところがそこにネイティブが一人混じるとみんな黙ってしまう。だれもそんなにペラペラと喋ってなどほしくないのに。ややこしい表現やむずかしい単語など無用なのに。

生まれつきのことばがたまたま英語だったおかげで、世界のどこでも他人のほうが自分に合わせてくれる。だから相手のことばを知ろうとはほとんど考えない。英語が話せない人や学ぼうとする人の苦労も知らない。英語が話せるというだけで英語が教えられると勘違いする。

……とそこまでの鼻つまみ者は多くはないだろう。それでも、ネイティブしか通じないスカした表現やバカげた表現がむやみに持ち上げられ流布している現状はあると思う。もちろん誰だって好きな言葉を好きなように使ってよい。ただ、そんな英語はべつに世界の共通語でなくてよい。いや、共通語にすべきではないのだ。

「私の英会話は中学生レベルかもしれないが、私の思考は中学生レベルよりはもうちょっとマシなのだよ、アメリカ人!」(だいたいユーの英会話は見事だが、ユーの思考はどのレベルなのだよ)

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ここからふと、原子力放射線をめぐる専門家と一般人のコミュニケーション不全を思い起こす。

そのとき、専門家がややこしくむずかしく説明している内容も、よく聞いてみれば一般人がもともと分かっている内容とさほど変わらなかったということがある。この場合、専門家の考えている内容が高度なのではなく、使っている表現が特殊なだけだ。それだったら通常の表現に言い換えてほしい。サボってもらっては困る。

もちろん、本当に高度な内容を平易な表現で伝え合うのはまさに高度な作業だ。ただそれは英語のネイティブが得意とはかぎらないのだろう。専門家が得意とはかぎらないのだろう。

英語の非ネイティブは言語が不自由なふりをしてネイティブに歩み寄る。学問の非ネイティブも科学が不自由なふりをして専門家に歩み寄る。言語や科学が不自由なのは必ずしも私たちだけではない。