東京永久観光

【2019 輪廻転生】

芥川株


芥川賞絲山秋子。作品を一つだけ読んでいた。そのときネットの個人ページを知り、経歴に妙に引き込まれた。メーカーの営業職、躁鬱病で休職、入院中に小説書き始める、退院、退職、蒲田で一人暮らしを始める、などなど。今もそのページはある。http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/9882/

そのとき読んだのは「イッツ・オンリー・トーク」。デビュー作でやはり芥川賞候補だった。中身はほとんど忘れた。ただ、生き馬の目を抜く現代情報社会に肩ひじはって生きる、といったところとは大きく距離のある女性の暮らしとその語りだった、ように記憶する。その舞台がまた、蒲田という中途半端で世間的な活力や魅力に乏しそうな町であったことが、私には好感度を増した。しかも、ああこういう小説を書く独り者の女性が実際に蒲田に住んでいるのかという現実感がいっそう貴重だった。ちなみに「イッツ・オンリー・トーク」という題名はキング・クリムゾンの曲からとったそうで、「すべては無駄話さ」といった意味あい。

ところで、私は堀江貴文という人をテレビを見ていて、その振る舞いやキャラクターに不快さや憤りを感じることは別になかった。今もない。だから、強烈非難をする数多の人たちにはなんだかそれほど同調できない。

しかしさらに考えてみるに、堀江さんは年収は最大級に羨ましいのだが、それ以外に羨ましいところと言われると、実は一つもないのだ。言い換えれば、堀江さんの経歴や日常や内面にほんとに興味がわかないということ。たとえばこれが絲山さんの経歴や日常や内面について、ニュースの特集かなにかが「真相に迫る」というなら、興味津々にちがいないのだ。ついでながら、テレビで見るヒューザー小嶋進社長には月並みながら最大級の憎たらしさをかき立てられるが、その半生が小説になったら、ちょっと読みたい。

ともあれ、芥川賞をとることなら私には最大級に羨ましい人生の一つだ。たとえその賞金がたった100万円であろうとも。六本木のIT長者より蒲田の芥川賞作家になりたい。そんなことを心底思う国民は、今や激減したかもしれない。が、けっして絶滅もしていない。こうなったら、その100万円を買収して上場して分割して売り抜けて100億円にしてはどうだろう(よく分からなくて書いている)。

一方、直木賞東野圭吾。ちょうどテレビ化された『白夜行』は読んでいる。最初の殺人のあと、それに宿命的にひきずられ、明瞭な犯罪とも言えない犯罪がどんどん繰り返される、そんな物語。それらの犯罪の実際が知らされるのは、語り手や刑事が解明した事実を説明するという形ではなく、犯行人物の日常的な行動が淡々と描写されるのと同時に真相がじわりとぽろりと明らかになる、そんな形をしていたと記憶する。そこがなんとも類例のない味わいの読書体験になる。勧善懲悪と言えないところがまた恐ろしくもわくわくするところ。しかしながら、東野さん自身の日常や内面をとりたてて知りたいかというと、そういうことはない。ただ、絲山さんと同じく創作作業とは無縁のサラリーマンをしていたらしいところには、ちょっと興味がわく。

イッツ・オンリー・トーク ASIN:4163226303
白夜行 ASIN:4087474399