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【2019 輪廻転生】

夏の宿題 2020 〜アップダイク、『赤と黒』〜

https://tokyocat.hatenadiary.jp/entry/2020/07/09/000000

 

その私に併走してくれる本が1冊ある。『世界はなぜ「ある」のか』(ジム・ホルト) 未読だった部分を読んでいる。

同書は、著者がこの人にこそと思う複数の人に会いにいき「世界はなぜあると思いますか」とストレートに問いかける。どの人もやや戸惑いつつ問いに向き合ったりかわしたり。その中に各人の人生観や宇宙像といったものが垣間見える。つまり、答えではないけれど問いの姿がそのつどぱっと明瞭になる。

その1人がジョン・アップダイク。彼は会う前のはがきで次のように連絡してきたという。「何もないのではなく何かがあることについて、喜んであなたとお話ししたいと思います。ただ、私には別に考えがないということをお断りしておきますが」。

続けてアップダイクは、現実の次元性、正/反物質がある可能性、人間原理、といったこことの不思議に触れ、「ありていに言えば、さっぱりわかりません。ですが、宇宙を愛さない人がいるでしょうか?」と結んでいたそうだ。

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2人の対話から、アップダイクは現代物理学に関心と知識が深い一方、理神論(理性が神を証明できるといった立場)にも傾倒しているらしいとわかってくる。 

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アップダイク「信仰を抽象的な科学的命題に仕立て上げても、誰も満足しません」「信仰は恋愛のようなものです」「(…)神は最長のはしごではなく最短のはしごによって、人の心に届きます」

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ともあれ、アップダイクの小説が読みたくなった。

「信仰は恋愛のようなものだ」とアップダイクは言った。さてしかし、誰しも長く生きるうちに、この2つはどちらも錯覚や病気の一種にすぎない可能性に気づく。それでも、恋愛を欠いた人生のほうが良い人生だとはなかなか言わない。では信仰も? 信仰も人生には不可欠と言うべきか?(わからない)

 

恋愛と信仰は、同じく今読んでいる『赤と黒』でも浮き彫りになる。ジュリアンによろめくレナール夫人は、小さな息子が高熱を出し瀕死の状態になったとき、こんなことをしているから神様の罰が当たったのねと、本気で青ざめる。

舞台は1830年ごろのフランスだ。宗教戦争の17世紀でもなければ、ペストと魔女の中世でもない。とはいえ、ジュリアンを親身に支えてくれるのも神父であり、レナール夫人との不倫がばれて逃げ込む先も神学校だ。西洋における信仰の盤石さ、キリスト教セクターの不滅の強大さに、思いが到った次第。

ともあれ、これだけは言える。レナール夫人の場合、神への信仰はジュリアンへの恋愛を修飾している。著しく修飾している。これはわりと一般にそうだろう。逆の関係もあるだろう。