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【2019 輪廻転生】

★オルフェオ/リチャード・パワーズ

 オルフェオ


ド・ミ・ソのミが半音低いだけで、なぜ暗く悲しく響くのか、ということが15年ほど前からずっと気になっていた。これは相当幅の広い問いのようで、音楽の領域にとどまらず人間の心理や世界の文化史なども関係してくるだろう。そうなると、その問いをより良く問う方法といったら、作曲などするのが最適とはかぎらず、文系・理系・混合いずれの研究でも足りず、もしかしたらたとえば長い小説を書くことで探るような問いなのではないか。――そんなことを私はこの15年ずっと考えていたに違いない、という気分に今なっている。しかしそれは、実は、リチャード・パワーズの新しい小説『オルフェオ』を昨日読み始め、そのたぐいの小説がとうとう世に出てしまったではないか! という驚きのような錯覚のような感触として思ったことにすぎない。

もちろん、この小説が「短調長調の秘密」を探って進んでいるというわけではない。そもそもこの小説が何からスタートし何をゴールに定めているのかも、少しずつしか姿を現さないだろう。

しかも、小説の冒頭で描かれているのは、主人公が自宅の一室でひとりDNAを人工的に大量増殖させる実験を黙々と行っているシーンだ。遺伝子研究を大いに進歩させたといわれるこのPCRと呼ばれる技術が、ふしぎな温かさと寂しさのトーンで書かれていることに、まず感動せざるをえなかった。

というわけで、音楽の秘密というものが遺伝子の秘密というものと、どちらもいかなる秘密かはほとんど見当がつかないけれど、少なくともこの小説においては、決定的に通じてくることが、とりあえず示唆される。

《調性は、神に与えられたものとして、実在するのか? それとも、あの魔法の比率は人間が関わる全てのものと同じく、より無情な自由に至る過程で捨てられる運命の、間に合わせのルールなのか?》

《犬にはオクターブが人間に聞こえるのと同じように聞こえている、とエルズは実験で納得した。オクターブは体に組み込まれている。それは文化ばかりか、ゲノムの垣根をも越える事実だ。ドから次のドまで。途中をどんなふうに区切ろうと、音が同じところに戻ったことが他の生き物にも聞き取れるのだ――色相環のように。》(p.15 木原善彦訳)

…では先を読もう!


 *


人生は音楽にたとえられる。誰しも思うだろうが、とりわけ『オルフェオ』を読んでいるとそうなる。きれいな歌のような人生、交響曲のような人生、独奏もあれば合奏もある。

それにしても、これが人生なら一体いかような? 『世の終りのための四重奏』(メシアン

おもしろおかしい人生ではないにしろ、このような人生なら悔いはない? というか、悔いもなにもよくわからない?


これも陳腐なたとえだが、毎日オフィスと家を往復する人生なら、いわばミニマル・ミュージックか。たとえば、クラフトワーク「電卓」 電卓? 「でんたく」より「どんたく」がよい。
https://www.youtube.com/watch?v=oJ3UsKwvXHs(電卓)
https://www.youtube.com/watch?v=ZSidAjlLOuw(どんたく)


ともあれ、『オルフェオ』の主人公は、70年の自らの人生を一遍の楽曲として再構成し再生すらさせることを目論んでいるようだ。そう言うなら、パワーズの長編小説自体がしばしば誰かの人生の再構成と再生だと感じられる。

とはいえ、交響曲のいろいろなフレーズに意味を見出すのは難しいのに対し、長編小説は1ページ1ページ、1行1行に、しっかり意味がある。ありすぎる。一つづきの流れをただ追うのは音楽も小説も同じだが、それぞれ、意味がないことによる面倒と、意味があることによる面倒を、伴う。

《私たちが愛するものは全て、再び生を受ける。この世でのあらゆる破局的な冒険は複製され、救済される。今までに生きた全ての人はよりよい形で第二幕に登場できる》《その全てが完全な形でよみがえる。数え切れない挫折が永遠に、正しい音符の並びによって救われる》(p.232 木原善彦訳)


それにしても、人生とは一筋縄ではいかない。『オルフェオ』の主人公は、「母が死んだ」と久しぶりに電話をくれたロック好きの兄が陰謀論者になっていると気づく。人生とはそういうものだとしか言いようがない。陰謀論者なんて誰しもわりと身近にいる。いや本当にこの世は陰謀で動いていないとも限らない?

《ロックなんておまえがやらなくてよかった。ああいう歌の多くが識閾下(サブリミナル)メッセージの手法を使ってる》《最近では音楽業界全体がかなりの範囲で思想制御をやってる》(p.249)


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とうとう終盤。

オルフェオ』では、私たちのよく知っている20世紀後半が点描されてきたのだが、それだけでなく、私が現に今 生きているこの時代と、それこそが与えてくる感触、躊躇、考察が、予期せず露呈し膨張する。それを読む体験の躍動感。


最後に出てきた題材は…………(これはネタバレになってしまうが)…………老人ホームと認知症そしてツイッター。現代音楽と遺伝子工学だけを念頭においてきた読者の意表をつく。しかし、それらが出てこなくて、どうして現代の小説たりうるだろう。どうして私が読みたかった小説足りうるだろう。

しかもツイッターは、ツイッターは、なんと、なんと、……………(ネタバレ)…………最初から出てきていたのだった!!! リチャード・パワーズが、私たちと同じ時代を、同じように生き、迷い、考えていることを思わせるに十分。


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以下の過去エントリー、私としては『オルフェオ』の変奏のようにして、奏で直そう(読み直そう)
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20100129/p1
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20100325/p1