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【2019 輪廻転生】

羊をめぐる冒険/村上春樹(3)


村上春樹を論じたものについて、他に少しだけ。


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羊をめぐる冒険』は1982年の発刊で、私はその1、2年後に『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』を含めて読んだ。そのころ、村上春樹の評論をまとめたある本で、私は、主人公の自閉性を強調した三浦雅士の解釈にハマった。村上春樹とこの時代の倫理」という題名だったと思われる。また同書で、加藤典洋は「羊をめぐる冒険」に批判的で、「クライマックスを前に、なぜ女を帰してしまったのだ」と文句をつけていて、奇妙な論じ方だなと思った。


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蓮實重彦の『小説から遠く離れて』は、「羊をめぐる冒険」および同時期に発表された日本の代表的な小説をまとめて論じている。「羊」には批判的で、それに対比させつつ、高橋源一郎を少しだけ肯定、中上健次を大いに評価していたと記憶する。私は90年代に読んだのだが、論じられる小説の中身より、論じる評論の形態のほうが明らかに気を引いた。そのせいか、「羊」をどう論じていたかはあまり覚えていないので、改めて読んでみたい。asin:4537049812


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羊をめぐる冒険」と「長いお別れ」の関連を鮮やかに指摘したのは、高橋源一郎の『一億三千万人のための小説教室』岩波新書)。じつは高橋源一郎は、無数の小説や作家についてあれほど語っていながら、村上春樹については過去には一言も語っていなかった。だから同書で初めて村上春樹について触れ読んだ時のショックも正直に明かしていたのは、かなり驚きだった。そういう意味でも『小説教室』は決定的な一冊だ。asin:4004307864


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その後、柄谷行人の評論を何度か読んでいる。柄谷が村上春樹を論ずる構図は、他の論者の視点を凌駕し、やはり面白いが、やはり難しい。『村上春樹スタディーズ01』にも村上春樹の「風景」――『1973年のピンボール』」という論文が転載されている。大江健三郎と対比している。asin:4948755435


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今回『羊をめぐる冒険』の読書に合わせ、『世界は村上春樹をどう読むか』という本を開いてみた。国際交流基金による2005年のシンポジウムを記録したもの。asin:4163684700

シンポジウムでは、なんとリチャード・パワーズが講演したのだが、記録を読んだところ、この人は、自作の小説と同じく、村上春樹を読んだ感動もまた丁寧で複雑だなあと感心した。

われわれが村上春樹を日本語で読むときは、ひっかかりなく調子よく読めるので、主人公や作家自体がなんだか調子良すぎではないか、とも感じられてしまう(実際そういうところはある?)

だが村上春樹の小説を英語に翻訳すると、もしや日本語の文章よりいくらか深みや凄みが出るのではあるまいか。そう疑わないではいられないほど、パワーズ村上春樹を絶賛しているのだった。

また、パワーズ村上春樹をめぐってミラーニューロンに言及していたので、脳科学などのサイエンスへの関心の高さを思わせ、へえとおもった。

このシンポジウムの座談会の感想は以前書いた。http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20061004/p1


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ところで、村上春樹の小説は、英文を翻訳したような文体であり、日本語としてこなれていないと言われてきたわけだが、「現在では村上春樹の文体こそが日本語の基調になっている」という趣旨の指摘がどこかにあった(『世界は村上春樹をどう読むか』の中かもしれないが、未確認)

なるほど、たしかにそうかもしれない。今は、二葉亭四迷が初めて口語で小説を書いた明治時代ではないのだが、同じように1960年代ではないし、それどころか村上春樹の小説が流行しだした1980年代でもないのだ。2010年代の日本語はそこからもっと遠くに来ているはずだ。

ちなみに、二葉亭の小説は、文語ではなく口語で書かれたとはいえ、気のおもむくまま文章がどんどんつながっていくような文体なので、現在の小説とも、われわれがふだん使う日本語ともまったく異質に感じられる。二葉亭の時代に比べたら、今の日本語は、明らかに英文に直訳しやしいだろう。(二葉亭四迷浮雲asin:4003100719

少し時代は下って、夏目漱石の小説であれば、現在の日本語とだいたい同じだと感じられる。翻訳もしやすいのではないか。ただそれでも2010年代の今となっては、夏目漱石の小説はすこし単語が難しく文章も堅い。われわれにはだんだん読みずらくなってきているし、今後はいっそうそうなるのではないか。


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羊をめぐる冒険村上春樹(1)http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20111030/p1

羊をめぐる冒険村上春樹(2)http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20111103/p1