東京永久観光

【2019 輪廻転生】

★ニッチを探して/島田雅彦

 ニッチを探して

何を見てもなにかを思い出す という名言があるけれど、ちかごろの私は何をみても歳月の経過を思う。若いころから同世代を代表する知性と信じ親しんできた島田雅彦だが、今やその小説の主人公も馬齢を重ね所帯と妻子をもつ管理職になっている。(とはいえ「青二才」の香りがいつまでも消えないのはきわめて好ましいところ)

その『ニッチを探して』の主人公は銀行員であり突如身をくらましてホームレスとなる。大手町から赤羽、東十条、中野、吉祥寺、そして多摩丘陵へと流浪する。その物語に副題をつけるなら、これはもう「東京永久観光」だ! そしてまた『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(坂口恭平)が副読本かなと思った。

こうした設定と展開、そして同世代無名サラリーマンによる精一杯の思索と冒険の現実を面白くたどった。(しかし、面白いからすべて許せるのだが、前作の『悪貨』と同じく、この作家に期待される空前の巨大傑作はまたもや先送りされたとも感じる。文芸誌の連作だったせいか中盤は中だるみも感じた)

ところで、主人公には大学生になったばかりの娘がいる。賢くて父親の気持ちの勘所がわかる。だから主人公が匿名で送ったメールは見逃さず、家族で再開しようと暗に指定した場所もまちがいなく察知する。そういうところが「ちょいと調子がいいね」と感じてしまった。世の中に無数にいるオレの娘はみんながみんなそんなに賢いだろうか、と。これは村上春樹の主人公に感じるのとは若干違って島田雅彦ならではの調子のよさだろう。もしも、この娘が凡庸でメールには気づかず指定場所すらピンと来なかったという設定なら、たとえば高橋源一郎のグズグズ小説みたいな別の面白さとリアルがあったと思う。主人公を襲ってくる少年集団も逆に叩きのめしてしまうが、高橋源一郎だったらボコボコにやられるような主人公にするんじゃなかろうか。

とはいえ、そうしたケチなど吹き飛ばす絶妙なくだりが1つ思いがけず出てくるので、ぜひ記しておきたい。主人公は銀行の上司の悪だくみを阻止し億の金を慈善的な用途に横流しする。ホームレスになるに当たっては一部の金を自分用にこっそり隠したものの持ち金はごくわずか。そんな主人公は野宿しながら見た夢の中で、なんと園遊会に出席している。するとにこやかに近づいてきた方はこう囁くのだ。「おカネは天下の回りもの」。素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 私はこの作家と同じ国に住み同じ君主を掲げて長く生きてきた。つくづくそう思った。日本人よ、人生に行き詰まったら園遊会で会おう。靖国なんかじゃなくて。


◎『悪貨』の感想 →http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20100812/p1
◎『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』について →http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20100814/p1