東京永久観光

【2019 輪廻転生】

じゃ、そろそろ、まとめに入ろう

人間はどれほど普遍的な存在なのだろう。つまり、我々の身体や認知のありようは、この地球およびこの宇宙で生じうる生命や知性として、どれくらい必然的なのか、汎用的なのか。そんなことがずっと前から気になっている。できればゆっくり思いをめぐらせてみたい。

たとえば、視覚があったり脚で歩いたりというのは、動物ではかなり一般的だが、植物だと全然そうなっていないな〜、とか。あるいは、現象や事物をことごとくうつしとる言語みたいな働きは、やっぱり人間にしかないのかね〜、とか。そういったこと。

また当然ながら、もし地球以外に生物や文明が存在したばあい、こうした視覚や歩行や言語なんかは、まずたいてい伴わってしまうのか、といったこと。呼吸しない生命とか交信しない知性というものは想定できないのか、といったこと。

そのうえでさらに考えてみたい――。宇宙広しといえど光の速さや重力は変わらない。それでも、この宇宙を超えた別の宇宙などというものを空想できるなら、そこでは光速度や重力すらこの値でなくてもよい。では、その別の宇宙において、数学や論理はどうなってしまうのだろう。たとえば、π(円周率)が3・14…でなくなったりもするのか。「aがbに含まれ、かつ、bがcに含まれるならば、aはcに含まれない」が正しくなったりもするのか。私はどうも、数学や論理だけには絶対の普遍性を感じてしまうのだが、実際どう捉えるべきなのか。=続く=