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【2019 輪廻転生】

宇宙誕生と生命誕生は不思議さの質が異なる

https://tokyocat.hatenadiary.jp/entry/2024/06/29/000000

↓(続く)

戸谷友則さんは、全宇宙にある星の数とDNA型の生命が誕生できる確率の関係を推測したということのようだがーー

こんな魅惑的な論文が、しかも科学的とはいえ空想を積み上げただけとも言えそうな論文が、現代の学術雑誌にも掲載されるものなのか… そう思うと心は踊る。

 

あの動画でもう1つ興味深かったのはーー 

宇宙の成り立ちや進み行きは今やおおよそ解明されたのに、生命が誕生した経緯だけはまったくの謎として残っている、そんな思いからこんな考察を行ったと、戸谷さんが語っていること。

私はむしろ、生命誕生より宇宙誕生のほうが、はるかに不思議だと思えるからだ(比較するのは厚かましいけれど) 地球上に生命がない段階は必ずあった。そして生命がある段階も間違いなく今ある。したがって、生命が出現した過程は不明でも、出現した過程自体は必ず存在する。

それに対し、宇宙のほうは、出現した過程がよくわからないだけでなく、そもそも出現したのかどうかが不明だろう。つまり、生命には始まりがあると確信できるが、宇宙は始まったのかどうかすらわからない(少なくとも私にはそう思える) だから宇宙誕生と生命誕生は不思議さの質が異なる。

宇宙が誕生した過程とは、あらゆる存在がそもそも存在することになった経緯だとも言える。するとこれに答えるのは物理学ではなくやはり哲学か。しかしこの究極の問いに、哲学が答えてくれても、物理学が答えてくれないかぎり、人類や人生の空虚さは消えない感じがする。ここに根本の問題がある。

 

ところが! つい最近までそう思っていたのに、マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』を読んでみると、なんとそれがちょっとくつがえりそうな勢い。言い換えれば、その問い(存在とは何か)は自然主義の考察ではやはりカバーしつくせないのかも、という疑い(そして希望?)。

(承前:https://tokyocat.hatenadiary.jp/entry/2024/07/17/000000

さっき私は「宇宙が誕生した過程とは、あらゆる存在がそもそも存在することになった経緯だとも言える」と書いたが、マルクス・ガブリエルは<それは全然違う!>と主張するのだ。宇宙は物理的な存在でしかないが、私たちにとっての存在とはその範囲にまったく限らないじゃないか、と。

ーーツイートも熱中症ということで、よろしく!