遺伝情報が暗号と呼ばれるのはなぜだろう?
「核酸(つまりDNA)の塩基3つの特定配列」と「特定のアミノ酸1つ」が繋がるとき、それが化学反応として起こるわけではないからだと、私は思っている(間違っているかもしれないが)。
「化学反応ではない」とは「記号反応である」ということだ。
かつて夫が「お茶」と言うと妻がそれを持ってきた時代があったそうだが、これと同じく「お茶」という音声や文字は液体の物質であるお茶とまったく似ていない。「お茶」という記号がわかる者がいないかぎりそれは出てこない。
ということは、あるコドン(塩基3つの並び)が、あるアミノ酸の「記号」であると、誰かが知っていなければ、結びつかないのではないか(私の理解が間違っているかもしれないが)。
前々から薄々気になっていて、ちょっといろいろ勉強しているのだが、今日はまだ答えがわからない。
複雑に書いたが、簡単に言えば「DNA→タンパク質」という転換が「翻訳」と呼ばれるのは、記号が媒介するからだと思うのだ。詳しくはtRNAとmRNAさらにtRNAとアミノ酸を媒介する酵素が登場するが、そのプロセスのどこかで、化学反応とは本質的に異なる記号の応答が不可欠になる(私にはそう思える)
さらに言えば、タンパク質合成の「開始」と「停止」も、DNA(塩基3文字配列)が指示する。アミノ酸の手を引っ張ったり背中を押したりして否応なく開始させる(化学反応)わけではない(と思う)。いわば「開始」の旗と「停止」の旗が上がるのだ。しかし、その旗の意味を誰が知っているのか?
(10月2日)
この件――DNAとアミノ酸はホントに暗号で結びつくのか? 真面目に調べている。ブルーバックス『新 大学生物学の教科書』(全3巻)。そして、細胞などで起こるできごとは、やはりことごとく化学反応の連鎖であることを、改めて思い知る。
とりわけ、いろいろなタンパク質の七変化が生命の営みのカナメになっている。各タンパク質はそれぞれ固有の三次元の形をもち、化学反応によってその形が変化し、さらなる化学反応を引き起こす。複雑、精妙としか言いようがない。
これを踏まえると、塩基3つの配列に応じてアミノ酸1つが決まるという仕組みも、当然なんらかの化学反応が繋いでいるのだろう。そう思いたくなるのは当然だ。というか、細胞のなかで「記号を誰かが読み取る」なんてあるはずがない、バカバカしい。――そう思うのはもっと遥かに当然だろう。
ところが。先ほどのブルーバックスを丹念に読んでみても、核酸からアミノ酸につながる具体的な化学反応は何も書かれていない。
実際には、DNAから複製されたtRNAが、塩基3配列を有し、それが指定するアミノ酸1つと、ある酵素を介して結合する。その仕組みは複雑で、そこにはたしかに化学反応も絡むと思われる。ところがそのとき、肝心の塩基3配列ないしそれを含む物質(ヌクレオチド)の、いかなる化学的性質が、いかなる化学的反応を起こすのか、それはまったく示されていない!
じゃあ、核酸とアミノ酸は「化学」が繋いでいるのではなく、マジに「記号」が繋いでいるのか? おそらくそうではない。化学的に何が起こっているのか、実はまだ不明であり、そのために「暗号」と呼ばれるのではないか(私の錯誤でなければ)
妄想を膨らませているだけに見えるかもしれない。しかしけっこう真面目に勉強している。たとえば理化学研究所の以下のプレスリリース(2014年)などを熟読した。今の私には希少な参考資料となった。
https://www.riken.jp/press/2014/20140623_1/
それにしても――また最初の純朴な問いに戻って――
それでももし、遺伝子の情報が本当に暗号なのだとしたら、それは実に実に謎めいている。一方、やっぱり暗号ではなかったということになれば、遺伝子の情報の特別な面白さは消えてしまうことになるだろう。
◎『新 大学生物学の教科書』
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000316797
「遺伝暗号」については第2巻の第11章。
*
(2022年6月)
コドン(塩基3配列)とアミノ酸が実際に出会うのは「アミノアシルtRNA合成酵素」においてであることは、どうやら確実であるようだ。
https://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/pdf3/Chapt9.pdf(タンパク質生合成の基本情報)
さてしかし、アミノアシル tRNA 合成酵素において、ある特定のコドンと、ある特定のアミノ酸とは、いかなる理由で結びつくのか? コドンのその「記号」が、そのアミノ酸を「意味すること」を、アミノアシルtRNAが「知っている」というのか? 知っているのだとしたら、知っているとはどういうことなのか?
なお、この関連で科学哲学分野の興味深い論文を見つけた。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssj/52/1/52_67/_pdf
「遺伝情報」はメタファーか(石田知子)
この問いは予想を超えて難しく深そうだ。そもそも基本について知らないことが多いのだが、この問いがナンセンスではないようには思えてきた。もっと詳しく勉強したい。
(2022年10月16日)
だんだん理解はできてきた。しかし答えはまったく見つかっていない。
Essential 細胞生物学(原著第5版)に以下の記述がある。すでにわかってきたことだが、決定打として改めて書き留めておく。
《mRNA分子のコドンが直接アミノ酸を識別するわけではない。トリプレットがアミノ酸と直接結合したりはしないのである。mRNAをタンパク質に翻訳するにはアダプター分子の介在が必要で、この分子が片側でコドンに、反対側でアミノ酸に結合する。このアダプター分子は運搬RNA transfer RNA(tRNA)とよばれ、約80ヌクレオチドの長さの小さなRNA分子である》
さらにここが重要だが、tRNAにアミノ酸が結びつくためにはある酵素を必要とする。それがアミノアシルtRNA合成酵素だ。
この酵素について、Wikipedia「コドン」では以下のように書かかれている。
《各tRNAは特異的なアミノ酸をアミノアシルtRNA合成酵素によって結合・保持する。この酵素はアミノ酸と、対応するtRNAの双方に高い特異性をもっている。これらの酵素に高い特異性があることが、タンパク質の翻訳が厳密に行われることの主要な理由である》
というわけで、目のつけどころが「アミノアシルtNA合成酵素」であることは、はっきりしてきた。
このアミノアシルtRNA合成酵素こそが、tRNAに転写された特定のコドンと、そのコドンが指定する特定のアミノ酸の、両方と同時に反応する(おそらく化学的に結びつく)のだと思われる。そのとき<いかなる反応が起こっているのか>が、私の問いの解答になるはずだ。
その反応については上記の書にも続けて書いてあるが、それが<化学反応なのか、記号の反応なのか>が、私には読み取れない。そもそも反応が複雑なので記述が不十分だからかもしれないが。
なお、2022年6月付で参照した論文(石田知子)には、以下の説明がある。
《アミノ酸結合部位には,アミノアシルtRNA合成酵素によって特定のアミノ酸が
結合されている.この酵素は分子の構造や電荷から,基質となるアミノ酸と
tRNAを特異的に選び出す》
この酵素の<分子の構造や電荷>の特異性が鍵となるようだ。酵素であるならそれはそうだろう。
なお、この説明は《分子生物学に情報概念は不要であることを示す》ある議論を紹介するなかで記されている。この点に注目しなければならない。<ゆえに記号の反応ではありません>と言っているように受け取れるから。
(続く)