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【2019 輪廻転生】

世紀の罵倒


柄谷行人が文芸誌のある対談で作家の中野孝次を激しく罵ったことがある。昔(1985年)のことだが、ネットでは今も伝説っぽく語られる。私は当時図書館でたまたまそれを読んでおり、あまりのひどさにぎょっとした覚えがある。

あれはいったい何だったんだろう。ずっと気がかりだったのだが、その対談を収録している書物を25年ぶりに読んでみた。


中上健次 未収録 対論集成/高澤秀次編  asin:4861820626


実際どう罵っているか。ハイライト(というか最も黒い部分というか)はここだろう。


柄谷 何にもわかってない、おまえは。黙ってろ。おまえなんか文学者じゃないよ。賛美しようと、否定しようと、責任を感じようと、感じまいと、一つの強制的な、不可避的な過程があるんだ。それを認めることが、いわば戦後文学派の認識なんだ。あんたは何にもわかってない。

中野 何言ってやがんだ、バカ野郎。もっとわかる言葉で話せ。口惜しかったら、外国かぶれの言葉じゃなく、ちゃんと自分の言葉で話してみやがれ。


……こりゃ、やっぱり、すごい。

対談は中上健次と秋山駿を加えた4人で行われ、文學界1985年8月号に「戦後文学の「内部」と「外部」」としてまとめられたもの。冒頭から憎々しげな火花が散り、中上と秋山はいくらか火消しにも回るが、柄谷と中野はもはや怒りを隠せなくなり、上記の爆発に至って対談の記録は途切れている。

柄谷は中野の何にムカついているのか。

柄谷は「中野が柄谷の思考をまったく理解できていないこと」に苛立っている。にもかかわらず「中野がいかにも文学とは何かを知っているかのようにふるまう」のがいっそう腹立たしい。私はそのように受けとめた。

「柄谷の思考」と書いたが、それは、同じ文學界の6月号で柄谷らが先に対談していた内容を指すと思えばいい。こちらの対談は柄谷、中上に坂本龍一と青野聡の4人で行われ、「「戦後文学」は鎖国の中でつくられた」として掲載された(これも同書は収録している)

そして、6月号の対談がどうやら気に入らなかったらしい中野らを、それじゃあと柄谷らにぶつけてみたのが8月号の対談だったようだが、ふたをあけてみれば比喩をこえた「激突」になってしまったわけだ。

では、中野はそもそも柄谷の何が気に入らなかったのか。結局のところ「柄谷の思考がさっぱりわからない」それなのに「柄谷がずいぶんエラそう」なので、非常に面白くなかったのだろう。今回ようやくそう実感できた。

振り返ってみれば、85年に文學界(8月号)を読んだ時、私ももちろん柄谷の思考はわからなかったし、ずいぶんエラそうな男だとも感じたと思う。

さてさて、じゃあその問題の「柄谷の思考」とは何なのか。

うまくまとめることはできないが、「近代とは何か」が核心の問いとしてあることは間違いない。引用部分に「一つの強制的な、不可避的な過程」とあるのもまさにそれだ。25年が経過し、私もようやく柄谷についてその程度はわかるようになった。それ以上のことは同書を読むことを強くお薦めする。

ケンカの情景は、もうちょっとだけ引用――


中野 おれは第一次戦後派をべつに権威だとも何とも思ってないよ。

柄谷 ぼくは権威を否定するほど権威主義者じゃない。

中野 要するに個々の作家がいて、その中に自分に刺激を与える人もいれば、そうでない人もいるというだけの話であってね。

柄谷 あなたが言う意味では、ぼくは刺激を与えられてない。

中野 それならば、おまえさんは戦後文学を論ずべきじゃない。自分のことだけを言うべきだ。

柄谷 冗談言うな。あなたはセンチメンタルな刺激のことしか書いていないよ。戦後文学を権威だと思ったのかと訊くから、おれは権威と思わないと言ってるだけだ。

中野 それならべつに戦後文学を論じなきゃいいじゃねえか。どだい、はなっから関心がねえんだろう。

柄谷 あなたよりはずっとありますよ。読んでから言いなさい。

中野 おめえなんかにおれのことがわかってたまるか。


なお、今回初めて読んだ85年6月の対談も刺激的だった。坂本龍一中上健次柄谷行人の3人が3人とも「それをだれもやってないけど、おれだけはやってる」という態度を全開にしていて、笑ってしまうが、3人ともべつに間違っていない。

 
 *


いらだつ批評家といえば、ことし東浩紀が「朝まで生テレビ」で立腹して席を立った情景が思い浮かぶ。おそらく、自らの言論に対するあまりの無理解に直面し、85年の柄谷と同じくらい暗澹たる気持ちになったのではないか。


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最後に私の思いも一言。

柄谷の思考の中心にあった「近代」とは、「神」と言い換えていいほど私たちのすべてを基礎づけてきたのだろう。ところがその「近代」が、…なんということでしょう…、こんどこそ本当に「終わりかけている」。この実感がまた、2010年にもなるといよいよ隠しきれなくなってきた。それは柄谷自身も述べているようであり、また、東浩紀の思考というのもいわば「近代の終わり」をこそめぐっていると思われ、そうであるならなおさらこれは重大なことだ。

批評家のケンカはこのうえなく面白いが、批評家が考えていることもまた、このうえなく面白いものであることを、たまには身にしみたほうがよいね。


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(おまけ) このあいだ、アントニオ猪木モハメド・アリの対戦を企画したという怪プロデューサーがテレビに出ていたが、どうせなら「石原慎太郎柄谷行人のデスマッチ」とかやってくれないだろうか。