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【2019 輪廻転生】

謎の女 雪子


◎映画細雪市川崑監督) asin:B0001BUDSM

大女優たちの競演、四季の風景、和服の絢爛さといった点で大いに評価されているようだ。作る前からそうしたはっきりしたものを目指して作り、見る前からそうしたはっきりしたものを期待して見る、そういう映画だったのだろう。谷崎潤一郎の有名小説を原作に、そうしたことがすでに2度繰り返され、そのうえでこの3度目の映画がまた、その目標や期待に十二分に応えた、ということなのだろう。1983年の製作。DVDで初めてみた。

140分と長いが、原作の大長編のストーリーはさすがに多くを割愛せざるをえない。小説の『細雪』は以前読んだが、読み進めていたときの、展開が徐々にうねっていくような面白さは、映画では味わえない。それは仕方ないが、ちょっとさみしいとおもった。

三女 雪子が三十歳を迎えて(今でいうアラフォー?)見合いを繰り返すのが物語の柱になるのは、映画も同じ。小説では雪子の内面描写がほとんどなかったので、雪子自身が結婚のことや見合いした相手について本心でどう思っているのか、さっぱり分からない。その謎が雪子の異様さであり魅力でもあったかもしれない。

その雪子をこの映画で演じたのは吉永小百合だ。はたして吉永小百合は、小説を読んでおぼろに浮かんでいた雪子のイメージにぴったりだった。静かに揺れていく雪子の行動や台詞が、吉永の演技において「浮いている」と感じるところはまったくなかった。読書のなかでは観念としてあった雪子が初めて実体化したと言ってもいい。映画でも、雪子は人生観や男性観を言葉で多く語るというのではない。ただ、吉永小百合という現実の女優とその言動をずっと眺めるわけで、その人物(吉永=雪子)がどういうやつなのか、解釈が間違っているにせよ、やはりなんらかの実感として抱くことになるのだ。

その雪子は、最後はついに嫁いでもよいと感じる男に対面する。さっくりした性格らしいその男は、いきなり雪子の前に来て酒を勧め、そのあと吉永小百合がアップになる。笑顔。心からの嬉しさが自ずとこぼれてといったような笑顔だった。この映画全体を通して一番綺麗なものだった。吉永小百合は、『細雪』の演技こそがベストだという声もある。

なお、雪子は姉である幸子夫婦の家に同居している。幸子の夫が貞之助で石坂浩二が演じている。おもしろいのは、その貞之助の石坂が雪子の吉永をどうやら好きであることが、かいま見えることだ(石坂の貞之助が吉永の雪子を好き、というべきだろうが)。原作ではそんなことつゆ読み取れなかったので、あれれっと驚くことになる。しかもそれに対し、雪子の吉永がどう思っているのか、これがまた分からない。悩ましい。したがって、原作とはまた別個の大きな謎がもやもやと立ちこめてしまうのだった。市川崑の『細雪』が独自にもつ面白さなのだろう。

今となっては、あの吉永小百合のイメージを脱し観念だけの雪子を原作に読むのは、逆にもう無理だろう。そうなると1950年と1958年の映画『細雪』も見てみたい。

・・・あ、いま気がついた! 「細雪」というタイトルには雪子の「雪」が入っているじゃないか!

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◎小説『細雪』を読んで http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20060128#p1

◎原作のストーリーのまとめがこちらにあった。 http://www.ne.jp/asahi/kiki/love/sasame.htm