東京永久観光

【2019 輪廻転生】

遊園地再生事業団『トーキョー/不在/ハムレット』

たとえばオーディオのアンプでも時計でも車のボンネットでもいい、かっちりした機械製品のふたをぱかっと開けてみたとしよう。そこにはおかしな形や色をした大小の部品がぎっしり詰まっている。ごちゃごちゃと繋がりあい絡まりあい、ときには音や熱を発しながら作動している。各部品の役割や連結の仕方は把握のしようがない。ただ、そうか内部はこんなふうになっていたのか、それを今のぞき見ているのかと思うと、わけもなく興奮する。遊園地再生事業団トーキョー/不在/ハムレット』(作演出・宮沢章夫)は、ちょっとそんな舞台だった(20日に観た)。

2年前に見た『トーキョー・ボディ』も今から思えばそうだった。しかしあの時は、これはいったい何というマシンなのか、オーディオなのか時計なのか車なのか、それが分からないことに気を取られ、十分にはのめり込めなかったと思われる。しかし今回は少し慣れたせいもあって、そんなことは最初から忘れ、そのマシンの外観や用途の想像もせず、ひたすら内部にもぐりこんだ。それがよかったと思う。

身体や声、衣装や道具、そして言葉といったたくさんの部品がステージのあちこちで出たり入ったり飛んだり跳ねたり、思いもよらない動作やリズムも伴って、まったく飽きなかった。舞台を横切っている格子の壁だけはどうしても分解できないので、モニターに繋がれているはずのその奥の部品の動作だけはちらちらとしか見えない。そこがまたいい。

さて仮に、あれが何のマシンだったのか今になって考えてみれば、やはりそれは演劇というマシン、表現というマシン、さらには言語を入出力しつづける人間というマシンというしかないし、それで十分だろう。

なお、ストーリーの設定や展開はまるきり『シンセミア』(阿部和重)で、チラシには人物相関図まで記されているので、ちょっと可笑しかった。埼玉の北の外れに位置するしょぼくれた地方都市で、いくつかの家族とその知りあいたちの一群に、不気味な連続事件が起こる。そこに潜む謎と苦悩は薄皮を張った向こうで膨らんでいくようなぐあいだが、最後の叫び声が痛切に響いてきたとき、『シンセミア』みたいには決着しないこのストーリーが、生き辛さの感じとしてはようやく決着したと思った。これはマシンの内部がどうのこうのとは一応別の話になると思うが。

詩人の役の人がいて、物語の鍵になりそうな長々とした独白を何度か反復していく。ラスト近く、その詩人は同じ衣装を着た他の数人の役者と一緒に舞台に出てきた。そしてまた詩人が一人その台詞を述べるのだが、詩人を含めた役者たちは、台詞の内容とは無関係に、ただ互いの身体の絡みあいにそのまま合わせたような動作を延々続けている。それは次第に激しくなって、詩人の身体は他の役者たちの動きのなかで荒々しく翻弄される。しかし詩人の台詞だけは切々と続いている。この芝居は全体として、こうした身体を奇妙に強制させるような実験的ともいえる演技を意欲的に取り入れているようで、それを見ていると、我々の身体が非常に多様な機能をもち、しかも非常に多様な形態をとることを、ふと思い出させるのだが、この場面では、その身体の機能や形と同じくらい多様な様相を本当は日常的に現わしているのが、我々の言葉というものなのだと、そんな思いに至るのだった。

やはり言葉という部品は変幻自在で、なにより正体不明なのだ。延々語り続ける演劇の言葉や、格好つけて書き連ねた詩やその朗読というのは、なかなかヘンだ。小説なら「 」つきで書かれるストーリー内の台詞と、ナレーションというストーリー外の台詞とが、かまわず連続し混淆していくのも、よくあることだろうが、なかなかへんだ。しかしそういうおかしさは、我々日常の言葉がすでに隠しもっていて時々尻尾を出してくるからこそ、よく分かるのだろう。実際ある場面では、家でくつろいでいる男が、車の性能などを紹介した雑誌記事をわざと大声を張り上げて読んでみたり、別の場面では、ある女が独り言でもらす台詞を似たような衣装をした他の女3人がすぐさま追いかけて喋ってみたり。とにかく言葉がいろいろな仕打ちを受け、そのたび律義にいろいろな姿を曝していくようで、私は面白かった。

この舞台のステージには大きなモニターが据え付けられていて、そこにはその地方都市の風景をはじめさまざまな映像が映し出される。それは、この演劇がいわば自立的に収集し拡張していったかのような、ジャンルを超えて多彩な部品の数々のなかでも、おそらくきわめて大きくて中心的な役割(どのような役割かは分からない)を果たしているはずなのだが、そのモニターの中にも言葉は、台詞の声の代用としての言葉が、ふいに現れる。かなり凄い。

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トーキョー/不在/ハムレット http://u-ench.com/fuji/tah.html 
トーキョー・ボディ http://u-ench.com/t_body/index.html

シンセミア阿部和重シンセミア(上)