東京永久観光

【2019 輪廻転生】

万能の一服、万能の一冊


体の困難には1つの薬がわりとみんなに効くのだから、頭の困難にも1つの本がわりとみんなに効いてもよさそうなのに、まったくそんなことはない。なぜだ。ただ私がそんな万能の1冊の本をまだ見つけていないだけなのか? あるいは、まだ誰もそんな万能の1冊の本を書いていないだけなのか?

「頭は体ほど単純じゃない」と言われるかもしれない。あるいは「おれの頭はおまえの頭ほど単純じゃない」と言われるかもしれない。あるいは「人間の頭はAIの頭ほど単純じゃない」と言われるかもしれない。だが、そうだろうか。

たとえば『偶然の科学』(ダンカン・ワッツ)なんてのは、けっこう万能の一冊だと思う。
 偶然の科学

さらに言えば、やっぱり統計はひょっとして万能の薬なんじゃなかろうか。

すなわち『統計学が最強の学問である』(西内啓)
 統計学が最強の学問である 
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20130809/p1
――こんなことを言うとクリント・イーストウッドに嫌われそうで、多くの人にも嫌われそうだが。


あいまいな問いにはあいまいな答えがある。あいまいな症状にもあいまいな対処があろう。ただ、あいまいでないのが偉いとは言わないが、あいまいなのが偉いとも言えない。(とはいえ、あいまいだな、私は)


どうせなので『偶然の科学』をレビューしよう。最初から最後まで覚醒的で有益だった(実用的ですらある)が、最も面白かったのは第9章「気まぐれな教師としての歴史」。

たとえばこんな一節。《もちろんわれわれは、やがてこの魅力的な銀行強盗たちの運が上向いてくるのを知っている。事実、ことばの壁で愉快な失敗を何度かしたあとで、そのとおりになる》 これはなんと映画『明日に向って撃て!』について書いている。「進行中の歴史は語りえない」の一例として。

《だがわれわれは、いずれそれが涙の結末を迎え、ブッチとサンダンスが拳銃を抜いて隠れ場所から銃火のなかへ飛び出していき、永遠のセピア入りの画像のなかで凍りつくのも知っている。
 では、ボリビアへ行くことにしたのは正しい決断だったのだろうか、それとも誤った決断だったのだろうか》

私たちはいろんなことを予測したがり予測できると信じ予測できたと感じるが「実はまったくそうではない」と、『偶然の科学』は前半で切々と説いていく。ロケットの飛ぶ先は予測できても、流行や株価や天気や選挙は複雑すぎてほぼ予測できない。でも予測できると錯覚させる1つが歴史という物語。=続く=