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【2019 輪廻転生】

猫は高級キャットフードがなぜわかる ―言語っぽい認知をめぐる哲学っぽい考察 (1)―


ふだん安いキャットフードしか与えていないのに、マグロだのササミだのが混じった高級なやつを気まぐれに置いてみたりすると、大変なことになるのは、猫と同居したことのある人ならよく知っている。「この方、気がふれた?」

そうして、これまで額づいてきた倹しき食の恵みに、一転して侮蔑の態度をあからさまにする。この生物学的事実をめぐっては、反証となる観測結果がいまだ報告されていない。

要するに、猫は「安い」と「高い」がわかるのだ。……いや違った、猫には「うまい」と「まずい」がわかる。ではそのとき、我々が「うまい」「まずい」と感じるのに相当する何かが、猫の脳にも生じているのだろうか。おそらく生じている。ただそれはきっと言葉ではない。

さてもし、上記のうまいフードとまずいフードを、形状や匂いではまったく区別できないよう加工して、並べてみたらどうなるか。それでも騙せるわけがない。かれらの知能はニワトリより高いとされる(地位はヒトより高いと言われる)。一口ですべてを理解するだろう。勢いを加速して食らいつくか、プイと横を向いて舌打ちするか。明白だ。そしてその瞬間、猫の脳では、「やった! あのうまいやつだ」「なんだ、あのまずいやつか」に相当する何かが、やはり起こっていると考えざるをえない。しかしそれも言葉ではないはずだ。

もうだいぶ昔の話になるが、家の近くにおいしいカレー屋があってよく通った。たしか「並辛」が最も口に合うので必ずそれを頼んだ。ところがある日、いつものごとくそのカレーを食べていると、なんとはなしに妙な気持ちがつのってくる。あれ? 額にはうっすら汗までにじんでくる。おかしい。何かが起こっている…。ほどなく傍らにあったメニューに視線が至ったとき、閃くものがあった。そうか! 私は「並辛」ではなく「中辛」を注文してしまったのだ。「並辛」の上に「小辛」があり「中辛」はさらにその上をいくという紛らわしさに罪がある。謎が解けたとき、皿のカレーはすでに3分の1が消えていた。

その後もそのカレー屋にはよく通った。ところがまたある日、いつものごとくそのカレーを食べると、なんかおかしい。しかし私は鶏ほどバカではない。今度はスプーン一口ですべてを理解した。微妙だが忘れようのない独特の刺激の差異。それが舌に伝わるのとほぼ同時だった。「あっ!」 私の脳いや全身がその瞬間こぞって訴えた。「これはあのナミカラではない、これはあのチュウカラなのだ」。だが、はたしてそれは最初から言葉だったのだろうか? それとも、そのまさに最初の瞬間だけは言葉になる以前の何かだったのだろうか? その言葉以前の瞬間というものを通してであれば、猫がいつもどんな感じでやっているのかを、私が知ることもできるのだろうか?

言語とは何だろう。今のところ私は「表象であり抽象である」がベースだと考えるに至っている。

さまざまな運動や感覚が起こるとき、脳では、それぞれの運動や感覚に直結する神経が活動しているのは当然だが、そうした運動や感覚のいわば印となるような神経ネットワークが、同時に別個に生じていると考えることができないだろうか。それが表象だ。

あるいは。あるときに体験したひとつの運動や感覚と、べつのときに体験したもうひとつの運動や感覚とが、「同一または似ている」ということがわかるためには、それら複数の運動や感覚を、ひとまとめにしてつなぎとめておく神経のネットワークが独自に必要ではないだろうか。それが抽象だ。

そうした表象と抽象の神経ネットワークは、私たちがなにか動いたり感じたりするごとに強化され増加し相互にも結びつく。運動や感覚なしで神経ネットワークだけが勝手に結びつくこともあるだろう。それを思考とか概念とか呼ぶのかもしれない。そうして、新たな表象と抽象が、どんどん新たな印やまとまりを生み出し、そうして私の世界が構築されていくのだろう。

こうした表象と抽象のもうすぐそばに、言語という働きは潜んでいるのではあるまいか。私はそう思うんだがニャ〜。(続く)


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関連のエントリー
 ■ 猫は言葉はないけど計算はできる(わけがない?)http://www.mayq.net/nekozan.html
 ■『考える脳 考えるコンピューター』 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20051011#p1


これは「言語について素朴に考える」の姉妹編ということにもなる
 (1) http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20070110#p1
 (2) http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20070113#p1
 (3) http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20070115#p1
 

言語に関する過去のエントリー一覧(種々雑多)
 http://d.hatena.ne.jp/Junky/searchdiary?word=%2a%5b%b8%c0%b8%ec%5d


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追記(6.16) 養老孟司家の猫は、新鮮なサンマと3日前のサンマをすぐ嗅ぎ分けるそうだ。人間はなかなか分からない。