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【2019 輪廻転生】

『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』(マーク・ブキャナン著)


私たちが、自分の知りあい、知りあいの知りあい、そのまた知りあい、というぐあいにどんどん辿っていくと、世界中すべての人と6人目くらいで繋がってしまう(らしいよ)。そんな風説がだいぶ昔からあったとおもう。この謎、じつは数学者がまじめにこつこつ解析していた。その鮮やかな成果をまとめたのがこの本だ。

これまでの実験やシミュレーションがはじき出すのは、なぜか本当に6前後の数値。世間は広いようで、あまりにもあまりにも狭いのだ。これを指して「スモールワールド」と呼ぶ。それにしても、60億あまりの人々がたった6の隔たりで結びついてしまうとしたら、いったい地球社会のネットワークはどんな構造をしているのか。

まず、全員の知りあい関係がもしまったくランダムであれば、隔たりは思いがけず小さくなるという。つまり、東京の私が南米のAさんであれアフリカのBさんであれ世界中に散らばった不特定の人とまんべんなく知りあいである場合だ。しかし実際の人間関係はランダムではない。大半の知りあいは地域や仕事や学校などの中にまとまっていて、しかも知りあいどうしも互いに知りあいという、クラスター(かたまり)を形成している。このクラスターの度合いが大きければ、つまり誰もが近場ばかりに知りあいが多い場合は、隔たりは手に負えないほど大きくなってしまうという。

私たちの社会はランダムではなくクラスター化したネットワークだと思われる。それなのに隔たりは思いのほか小さいようでもある。ここに謎がある。

無数の点を線で結んだ単純なモデルを使って、ワッツとストロガッツという学者がつきとめた答は、いたって単純だった。クラスター化したネットワークでも、わずかにランダムさを加えれば、隔たりは一気に小さくなる。知りあいの大半が近場でかたまっていても、近場を離れた遠くの知りあいが全体のなかにほんの少しいるだけで、世間はたちどころに狭くなるというわけ。「そりゃ当たり前だろう」と言うかもしれない。しかしポイントは、その隔たりが想像をはるかに超えて急激に小さくなるところにある。

60億人が50人ずつ知りあいをもつとして、完全に隣人どうしだけで結ばれていれば、隔たりは6000万にもなる(追記:これは単純計算で最も遠い人までの隔たりということだろう)。ところが、近場の隣人10000人に対して遠くの知人がたった2人だけ増えれば、隔たりはなんと8に減るというのだ(信じがたい数値だけれど)。10000分の3なら、隔たりは5。まぎれもなくスモールワールドが成立する。しかも、10000分の2〜3程度のランダムさであれば、クラスターの特質つまり近場の隣人どうしの強いまとまりは保たれる。

このモデルは私たちの社会の実感に合致していると思われる。そのほか、ある種のホタルが群れ全体で一斉に発光できる理由も、同じモデルで説明できる。すなわち、遠くまで届く強い光を出すホタルがほんの数匹いればよい、と。さらに、人間の知覚や運動において脳の無数のニューロンが同期して発火できるのも、ニューロンのネットワークがこうした構造であるからだろうとの推測もされている。

続いて同書は、インターネットを例に、もうひとつ別のスモールワールドを解説していく。そこで出てくるのは「べき乗則」という重要キーワードだ。WWWにおいては、リンクされる数がとても少ないサイトは数がとても多く、リンクが増えるにしたがってそのようなサイトの数はしだいに減っていき、ごく少数のサイトが膨大なリンク数を独占する。この分布パターンがべき乗則で、グラフを描けば傾いた直線になる。アルバート=ラズロ・バラバシという物理学者らが、実際に32万ほどのサイトをサンプルにリンク数とサイト数を調べたところ、みごとにこのべき乗則になっていたという。これに加えて、ウェブサイトどうしの隔たりを計算したところ、約19と出た。何十億とも言われる世界中の全サイトが、リンクを19回クリックすれば隈なくブラウズできることになる。つまり、べき乗則のネットワークもまたスモールワールドなのだ。ちなみにインターネットは、ウェブのリンクだけでなく、サーバとなるコンピュータの物理的つながりも、同様にべき乗則になっているという。

ところで、先に示されたスモールワールドでは各点がほぼ同数のリンクをもっていた。しかし、こちらのスモールワールドは、べき乗則だから、各点がもつリンクの数に大きな差があるのがミソ。すなわち2つのスモールワールドは構造がかなり違っている。

べき乗則に従ったスモールワールドの例としては、細胞の生化学反応、生態系の食物連鎖、企業の取締役の人脈、学術論文の引用文献、言語使用での単語のつながり、などが次々にあげられる。べき乗則は不可解なことに自然と人為の区分を超えて現れる構造ということになる。いずれも、多数のリンクを少数のメンバーが独占するネットワークになっている。その独占者は「コネクター」「ハブ」などと呼ばれ、ネットワークをスモールワールドにする立役者であると同時に、彼らがもつ無数の薄いリンクはネットワークを崩壊しにくくもしているという。

このべき乗則は、先にあげたスモールワールドと違って、ネットワークが成長していくプロセスについても大いに示唆を与える。リンクの多いサイトはますますリンクが多くなる、金持ちはますます金持ちになるといった事実は、ごく単純な変化が繰り返された結果いやおうなく現れてくる一様のパターンであると予測されるのだ。

追記:さらに、伝染病の蔓延・商品の流行・暴動の拡大といった現象が、核分裂の臨界のごとく、ある一線を超えれば必ず拡大し超えなければ必ず収束するといった趣旨の「ティッピングポイント」と呼ばれる数理モデルが紹介され、スモールワールドとの関係も指摘される。また、ここまでの理論を使ってエイズの予防や生態系の安定といった具体的なテーマも考察される。

なお、これらネットワークの法則は、いずれも個々の要素には還元できず全体のレベルになって初めて出現する。そこは肝心の押さえどころ。端的なたとえとして、水は0度で凍り100度で沸騰しするが、その現象は水の分子1個をいくら分析しても分からないという話を、同書は挙げている。複雑系あるいは創発といった用語も登場してくる。

さて長くなったが、読書中に思いついたことも少し書き留めておく。

ネットワークの科学はまだ歴史が浅く、ここ10年ほどで究明された部分が大きいらしい。もしや20世紀初頭の物理学のようなエキサイティングな局面を迎えようとしているのだろうか。スモールワールド、べき乗則といった奇妙な性質の発見は、量子力学相対性理論にも似た圧倒的な未知の世界を覗かせることになるのかもしれない。

ネットワーク理論は、経済を新しく解きあかす基本の知にもなりうるのだろう。というか、これまでの経済学が、べき乗則で成長するメカニズムやコネクターの存在といったものを、あまり考察してこなかったのだとしたら、いったい何をしていたのかという気持ちにもなる。またまた大げさだが、資本主義の本性を初めて解き明かしたとされるマルクスに匹敵するほどの、面白く不可欠な視点を与えてくれそうにもみえる。

もうひとつ「もしや」と思ったこと。最初に挙げたスモールワールドの特性は、我々の知識にも当てはまるのではないか。つまり、知識というのは通常ほとんどそれぞれの近場だけを結んでクラスター化し分断化しているように思われる。しかし、遠くの知識と遠くの知識がふとランダムに結ばれるような場合には、それまで培ってきた知性や感覚のすべてが一気に同期し、世界の全体イメージを悟りにも似たおもむきで運んでくるのではないか。ネットワーク理論が教えるところによれば、ランダムに結ばれる知識はごくわずかであっても、知識全体は劇的に様相が変わるのだ。そう、ミシンとこうもり傘が解剖台の上で出会うようなもの(?)

当然ながらインターネットにも考えは及んだ。ブックマークの規則正しい巡回やクラスター化した繋がりだけのブラウズを時には離れ、ふだん興味のなかった方面に、薄く広くでいいから、ほんの一つや二つでもいいから、ブラウズやリンクを試してみれば、そこにはネット生活の激変が待っているだろう。それはすでに誰もが十分実感しているところかもしれないが。たとえば、自分が読みそうもない本についての日記一覧などは、見知らぬユーザーや遠い世界へのジェット飛行なのである。

ASIN:4794213859 『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』

同書も紹介しているアルバート・ラズロ=バラバシの著書も、だいぶ前に読んだ。
http://www.mayQ.net/junky0304.html#30
ASIN:4140807431 『新ネットワーク思考』