東京永久観光

【2019 輪廻転生】

18人の適当な日本人


カトマンズからニューデリーを経由して成田に帰国。ネパール航空と日本航空の2機を乗り継いだ。以下はそのニューデリー国際空港での話。

国際線の飛行機から降りると、通常は入国審査のロビーへと歩きパスポートを見せ晴れて入国となるわけだが、トランジット(乗り継ぎ)の場合は空港内にとどまって次の飛行機を待つ。インドには入国せずどの国にもいない状態で空港をうろうろするのだ。今回はその状態が8時間。

しかし疲労はしても退屈はしなかった。

すでに記したとおり、予約してあったタイ航空便(カトマンズバンコク〜成田)がキャンセルされたための変則フライト。最初に振り替えられた大韓航空ソウル経由便にも置いていかれた末の、思いもよらないインド行きだ。同じ目にあった人は他にもいた。もう何も起こってほしくないのだが、やっぱり何が起こってもおかしくない。そんな気持ちでニューデリーに着陸し、飛行機の出口通路から空港内へと足を踏み入れた。

ここから乗客の行き先は別れる。成田に向かう夜の日本航空便に乗り継ぐ者が一カ所に集められた。担当係らしいインド人の中年男性が制服姿で実直そうに立ち、日本に飛べる者の名簿をチェックする。いわばシンドラーのリストだ。しかし、ローマ字で手書きされた日本人の名前を次々に読み上げるそのたどたどしい発音は、むしろ笑いをさそってしまった。もちろん彼は「あなたたちこれが名前なのですか」とそんな渋い顔。ともあれ私のフルネームも呼んでもらえて一安心。ところが、名簿は20人だがこんどは乗客のほうが2人足りないらしい。笑ってはいけない名簿読みがもう一度繰り返される。やはり2人だけ返事がない。困った男性は私たちをカウントしだした。数学の得意なインド人が指で数を数えている。でもこちらがあまりじっとしていないので、数えにくい。「日本人なぜみんな顔がそっくりですか」(内心の声)。しかたなく私たちを列に並ばせ数え直す。「自分を数え忘れてるんじゃないの」というのはこの場合冗談で、実際18人しかいないのだからしかたない。しかし係員としてはそれでは困る。インド空港を経由して日本に向かった乗客が本当に18人なのか、ではなぜ名簿は20人なのか、どの名前の者が見あたらないのか、確実にせねばならない。彼はまたもや名簿を読み上げる。私たちは今度は呼ばれた順に一人ずつ別の位置に移動してかたまっていく。あまり文句は言わないが自らはあまりなにもしない国民。

ムンバイの同時テロ事件にからみ、テロリストたちはネパールとインドの国境付近にも集まっているという噂がいつしか流れていた。もしや、名簿の2人はテロリストだっただろうか。

そのあと私たちはトランジット専用のロビーで8時間を過ごすことになったのだが、しばらくしてから、預けた荷物の確認が行われた。今度の係員は同じ制服の若い女性だった。手にはまたあの名簿。そしてまた日本人名が読み上げられる。彼女は名前のあとに「さん」を付けてくれたが、ぎこちなさは同じ。2人いないのも同じ。そうして私たち18人は彼女に連れられ空港内をぞろぞろと歩いた。ネパールで預けたトランクなどの荷物が3つのカーゴに載せられてやってきた。これらが間違いなくこの18人の所有物なのか、改めて調べようというのだろう。それにはどうすればよいか。彼女は名簿をまた読み上げる。呼ばれた私たちは順に自分の荷物はこれですよと指さす。すんだ人から別の場所にまたかたまっていく。そんなことが繰り返される。「あれは何かの儀式ですか」。通りがかる乗客もそう思っただろう。日本人名とパスポート番号をその女性はわざわざ手書きでなぜか別に書き写したりもしている。しかしここにいない2人の物と思われる3つの荷物がやはり余った。もう私たちは慣れてきた。ポニーテールで不機嫌そうに立つ彼女をしげしげと眺めるばかり。「ホントにお人形さんみたいねえ」と団体ツアー客。

かくも慎重で手際がよくないのは、「タイ航空からにわかに送り込まれた乗客がニューデリーの空港でネパールの飛行機から日本の飛行機に乗り継ぐ」というややこしさのせいなのか、それともムンバイのテロ事件に対応した特別警戒なのか、あるいはこれがインド式なのか、よく分からなくなってきた。テロリストとその荷物が空路でインドに入ることはとても困難なのかとても容易なのか、それもちょっと判断できない。

帰国が3日遅れこうした待機や手続きもだらだらと反復されたのだけれど、奇妙なインド空港観光ができたとも言える。旅行はすべてが面白い(ポジティブにもほどがある?)

なお、テロ事件で多くの人命が失われたことに対する衝撃や憤りは別の問題としてある。