東京永久観光

【2019 輪廻転生】

闇市ブギウギ、心ワクワク


またちょっと映画の話でも。

黒澤明野良犬』を初めて見た。先週くらいのNHK-BS。面白かった。

1949年の製作・公開で、終戦まもない東京がうまく映し込まれていると評されているが、確かにそうした風景や風俗に目を奪われた。

新米刑事(三船敏郎)が拳銃をスラれてしまい、その拳銃が闇で人手に渡り・・・というストーリー。戦後とは実際そんな物騒なところのある一時期だったのだろう。焼け跡闇市。復員兵。東京ブギウギ。

1997年に私はカンボジアを旅行したのだが、ちょうど似たような感じだったと思う。今から考えれば、かの国も戦争が終結して6年目だった。首都プノンペンアスファルト道路なんかは全部ガタガタで、そういえば、警官が拳銃で強盗をするから気をつけろ、俺も被害にあったといった忠告が、安ホテル(キャピトル)のカフェでは挨拶がわりの話題だった。プノンペンだけではない、アジアあちこちで目にした乱雑な都市や人々は、写真や映像では知っている終戦直後の日本を目の前によみがえらせるような趣きがあった。

しかしまあ、『野良犬』に出てくる東京や人々は、現在と同じ東京、同じ国民とはとても思えない(60年も経つから当たり前だろうけど)。でもかつては本当にそんな時代が我らが母国にもあったのだから、不思議といえば不思議だ。そのころ生きていたらさぞ面白かったろう、とはいつも想像する。自分の暮らしや生き様がいくらテキトウでも、世の中の無秩序ぶりのほうがはるかにそれを上回っていれば、なんだか気が楽で清々しいのではないかと。現代は現代でおそろしく自由だと感じる一方、おそろしく不自由だという気持ちも間違いなくある。

ただし、清々しいといってもそれはいわば精神的な側面であり、『野良犬』の基調となっているあの真夏の蒸し暑さや、汗をふきまくっている図などを思うと、清々しいどころではなかったのかもしれない。もはやエアコンから離れられない我々は、やはりあの頃からは遠く隔たっている。(とはいえ、相棒のベテラン刑事である志村喬が三船を連れていった自宅には、涼しそうな縁側があって、そこへ、まだ日が完全には暮れない時刻に立草の生い茂る路を歩いて帰っていくのだ)

さてその後。

オーソン・ウェルズの『市民ケーン』が見たくなり、DVDで借りてきたら、『第三の男』がカップリングされていて、どちらも見た。

奇しくも『第三の男』も同じ1949年の公開なのだった。こちらには終戦まもないウィーンの様子が映し込まれている。ウィーンという都市もまた、外国の軍隊に、しかも英米仏ソの4カ国に分割統治されていたという。そこにはやはり何でもありの闇市が存在し、そこでペニシリンのまがい物を売りまくって大儲けした悪いやつがオーソン・ウェルズという設定だ。

1949年のウィーンも建物などは崩れまくっている。しかし、そうした建物はもともとガッシリしていて立派そうだし、チェコから亡命したべつに豊かでもないはずの女が住んでいるアパートも、『野良犬』の踊り子の部屋に比べたら贅沢にみえる。道路や広場もウィーンは石畳であり、それになにしろ下水道がみごとに完備しているという事実がこの映画の展開の象徴となる。さすがヨーロッパの古都ウィーンというところか。

それにひきかえ、我らが東京の木の建物というのは、やはり空襲に遭えばあっというまに燃え広がってしまったのだろうし、雨や蚊もどんどん入り込んでくる侘びしさがあったのだろう。とくに、拳銃を奪った犯人が急ごしらえして住まっていたという、ドブ川に面した掘っ立て小屋など、ひどいものだった。そして『第三の男』では、なにより『野良犬』にあった暑苦しさがまったくない。

それにしても、ウィーンオーストリアがどうしてああなったかと当然考える。そうすると、オーストリアという所が今よりものすごく巨大な領土であり、オスマン・トルコと接していたり、周辺のチェコハンガリーもそれどころかポーランドという国までがすっかり地図から消えていたりした時代のことを思い起こすことになる。それがどうしてと考えると、そもそものドイツとオーストリアという国の成り立ちに行き当たり、ハプスブルク家へ、神聖ローマ帝国へと話はどんどん遡って行く。

そういうわけで、オーストリアという国やその戦後といった具体的な歴史の一コマに思いを馳せられる数少ない機会が、映画だとは言える。大河ドラマなんかもたまには世界史も少しやったらどうかと思う。篤姫とかどんどんオタクぽく詳しくなっていくのもいいが、その程度にはたとえばマリア・テレジアなんかをもっと共通に詳しく知っていても面白いのではないか。


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●東京ブギウギ http://www.youtube.com/watch?v=V88vB5hBWyg