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【2019 輪廻転生】

ヘレン・ケラー再び


話は変わってまた本の紹介。『言葉のない世界に生きた男』(スーザン・シャラー、中村妙子訳)。93年刊だが意義深い一冊だった。ASIN:4794961243

生まれつき耳が聞こえず言葉を知らないまま成人した男性イルデフォンソに、なんとかして言葉の存在に気づかせようと心を砕く女性スーザン。その実話。言葉を初めて知った瞬間、言葉を増やしていく過程、それらがありありと描かれている。それまで彼はどんな世界に生きていたのか、それを垣間見ることにもなる。

著者のスーザンは手話ボランティアとして赴任した施設でイルデフォンソに出会う。彼はすでに27歳だったが、手話を教わらなかったため言葉の存在自体をまったく知らない。本にあるネコの絵やネコをまねた身ぶりはわかるが、黒板に書いた「CAT」の文字はわからない。スーザンが絵と「CAT」を交互に指さしても、イルデフォンソはその行為を反復するだけでその意図はわからない。そんなもどかしい日々が続いたあと、奇跡の瞬間が訪れる。ここはやはり一番興味深い場面だ。長いけれども引用しておきたい。

彼は硬直した姿勢ですわり直し、頭をぐっと反らせ、あごを突き出していた。恐怖に捕らわれているように、白目がひろがっていた。(…)イルデフォンソは彼の前に立ちはだかる壁を、ついに自力で押しやぶったのである。(…)そうだ、C-A-Tには意味がある。ある人の頭の中のネコは、他の人の頭の中のネコと結びつくことができる――ただネコという観念が把握できただけで。/この天啓の意味をゆっくりと噛みしめているイルデフォンソの顔は、波立つ興奮に生きいきと輝いていた。彼の頭はまず左のほうにめぐらされ、ついでゆっくりと右のほうに向けられた。はじめはゆっくりと、しかしやがてむさぼるように激しく、彼はまわりのものを次々に、まるで生まれてはじめて見るかのようにしげしげと眺めた。ドア、掲示板、椅子、テーブル、仲間の受講生たち、時計、そしてわたしを。/イルデフォンソはテーブルを両手でピシャリとたたき、答えを求めるようにわたしを見あげた。「テーブル」とわたしはサインした。彼は今度は本をたたいた。「本」とわたしはたちどころにサインを送った。わたしの顔は涙にぬれていた。その涙をぬぐいもせずに、わたしは「ドア」、「時計」、「椅子」といった具合に、彼の指さすものを次々に手話で表現した。けれどもそうしたものの名前をたずねはじめたときと同様に唐突に、イルデフォンソはさっと顔を曇らせたと思うと、テーブルの上にいきなりつっぷしてさめざめと泣いた。(…)イルデフォンソは人間の住む宇宙にはじめて足を踏み入れ、精神の交わりというものがあることに気づいたのであった。彼はいまや、彼自身にも、ネコにも、テーブルにも、そう、すべてのものに名前があるということを悟った。そう気づいた結果、彼の目は悪にたいして開かれた。それまで二十七年間にわたって彼を他の人間仲間から隔ててきた悪、彼を孤独のうちに幽閉してきたおぞましい牢獄を、彼はいま目のあたりに見ていたのだった。

人間社会から隔絶されて育ったいわゆる野生児は、いくら言葉を教えてもまともには身に付かなかったと伝えられている。聾者もまた成人したあとでは言葉の獲得は難しいと考える人が多いらしい。しかしイルデフォンソは違った。スーザンはイルデフォンソと野生児を比較して考える。イルデフォンソも野生児と同じく言葉にまったく触れずに育ったが、他の人々や社会の中で生活していたところが決定的に異なる。その結果、イルデフォンソは言語は発達しなかったが、社会生活があったおかげで言語につながる能力自体は発達したのだ。

私なりに言い足せば、一般人は言葉によって世界を分節し言葉によって世界を織りあげている。一方イルデフォンソも、言葉は使わないけれど、それにやや似た世界をどうにか分節し織りあげてきた。ただそれは、言葉の世界に比べれば相当粗い分節、粗い織り方ではあった。そんなことが、その後二人が言葉学習をしていく様子から窺える。

ひとつの鮮やかな例は、イルデフォンソが「緑」という単語に過剰な反応を示し、さらに本人自身が「緑」という単語を手話で示すときにも過剰な意味を担わせようとしたところに見ることができる。それを怪しんだスーザンがあれこれ調べた結果、イルデフォンソがメキシコからアメリカに渡ってきたこと、その際かなりひどい目にあったらしいこと、そしてその国境を取り締まる警備員の服が緑色だったことが明らかになる。先ほどの言い方にならえば、緑という色の感覚が、恐怖や危機という一種の概念を、言葉に代わってかなり漠然とではあるが分節し織りあげていたということになるだろう。それが「緑」という単語(とりあえず「恐怖」や「危機」という単語ではなかったが)に受け継がれた。

人間は言葉なしに思考できるのか――それは微妙な問題だが、仮に言葉なしの思考があるとしたら、イルデフォンソのような体験をまぎれもない実例とすべきだろう。少なくともイルデフォンソは、たとえば、ネコ1とネコ2をそれぞれ目にして「同ジヨウナ物デアル」といった自覚はあったに違いない。そうでなければ「CAT」という言葉の役割に気づくこともなかったはずだ。とはいうものの、こうした言語が介在しない抽象化・概念化の意識を、一般の我々が追体験できるのかどうか、そこはまたまた難しい問題だ。

このほかスーザンは、イルデフォンソの弟もまた聾者で、しかし二人には独特のコミュニケーションが成立していたことを知らされる。またイルデフォンソとその弟に連れられて、同じく耳の聞こえない友人たち10人ほどの中に入り、彼らが、かつてイルデフォンソがそうであったように、言葉はなく手話も知らずただ身ぶりだけによって長時間コミュニケーションしている現場を直に目撃する。これについて同書は詳しい分析をしていない。しかしこれもまた「言語なし社会あり思考あり」の一例でありうる。彼らのやりとりの多くはそのまま一般の言葉に置き換え可能かもしれない。比較するのも失礼だが、動物に見られるようなコミュニケーションとは全く質が違うのだろう。

なお、スーザンは言語学認知科学の専門家ではない。また、これらの報告はイルデフォンソが自ら書いたのではなく、スーザンがイルデフォンソを観察して書いたものだ。この点は留意すべきだろう。それでも言葉のない世界を垣間見る材料として、この一冊はまったく貴重な報告書だ。

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ところでこの本は読んでしばらく放っておいたせいか、パソコンにメモを残したと思いこんでいたが、そのような書類は見当たらず、しかたなく書名で検索してみたがやっぱり出てこない。その代わりというわけでもないが、かなり昔の97年にもらった一通のメールが引っ掛かった。ある方が『言葉のない世界に生きた男』という本を読みましたよ、と紹介してくださっているのだ。完全に忘れていたが、そのころも私は言葉がどうの思考がどうのと、素朴な疑問をめぐってウェブにいろいろ書いており、それに応じて紹介いただいたようだ。今から思えば、その本はまさに私の素朴な疑問へのなによりの解答だったのだ(ありがとうございました)。

そういえば思い出した。この本のメモを記しておこうとした日、私は家の扉に右手の人さし指を挟んで傷めてしまったのだった。おもしろいことに、指一本使えないだけでキーボードで文章を打ち込む作業は難儀する。伝えたい思いがあっても表わせないというイルデフォンソの苦悩が、かなり違ってヘンな形ではあるが、ちょっぴり共感できた気にもなった。

それから、この本はネット上で知って「ぜひ読もう」と思いたった。でもそれってどこのサイトだっけ忘れたなあ、と諦めていたが、『言葉のない世界に生きた男』をグーグル検索したらそのぺージが出てきた。『羊堂本舗』だった。

まあそういうわけで、一応言葉のある世界に生きている私だが、せっかくの大事な言葉をどんどん忘れる世界に生きており、しかもその言葉を後から検索機能でいくらでも思い出せるような世界に生きた男。

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それと、イルデフォンソは幸いにも言葉を豊富に獲得できたが、ほんの片言しか身に付かないままになった聾者にもスーザンは出会っている。するとその人は、自分の一番切実だった体験や心境のすべてをたった一個の単語に無理やり託そうとする。人に会うたびに手話でその単語だけを示し、関心を向けてもらってなにがしか思いが伝わっているようだと安心する。さて、私たちは一応書き言葉を十分に把握してコミュニケーションしているつもりだ(身ぶりの示せないネットでは特にそうかもしれない)。それでも、言葉が思いの丈に足らないことはしょっちゅうだ。乏しい言葉だけを呆れられるほど繰り返してしまうこともある。きっと私たちが言葉を交すのは、正確無比の伝達機能だけを求めてのことではないのだ。

イルデフォンソと野生児を比較してきたスーザンは最後にこう述べている。

イルデフォンソはときとして人間らしい取扱いを受けなかったが、自分が人間であるということを知っていた。彼には、自意識があった。わたしを彼にひきつけた最大の特質の一つは、他人と結びつきたいという、たとえ手段は欠けていてもコミュニケーションを保ちたいという強い願望であった。