東京永久観光

【2019 輪廻転生】

東京転々観光


三木聡監督の映画『転々』をDVDでみた。
転々 プレミアム・エディション [DVD]

オダギリジョー三浦友和は、借金を返せなくなった大学生とその借金を取り立てに来た男として出会うが、いろいろあって、それからの数日間、東京の町のあちこちを二人で散歩して回ることになる。行き先ははっきりしているけれど、それぞれに切実な思いを引き出しつつ引きずりつつ、散歩はぐずぐずと引き延ばされる。そしてまたいろいろあって、親類でもない小泉今日子の家に二人は転がりこみ、今度はそこで親子ごっこをしなければならなくなる。そんなストーリー。

私の大好きなおかずばかり詰め込んだ幕の内弁当をおいしく楽しく食べている、そんな気分だった。

なにしろ東京は私の住む町。他人のための映画という気がしない。とりわけ井の頭公園という私の(私以外の大勢にも)すこぶるお気に入りの場所から二人の散歩はスタートする。ほかにもなじみの場所は幾度も出てくる。おまけに、井の頭公園にやってきた三浦友和が新調して掃いてきたスニーカーは、私が現在はいているニューバランスに他ならず、薄い小豆の色まで同じではないか!(ただオダギリジョーはそれを「はっきりいってダサイです」と・・・涙)

いやもちろん東京が見知らぬ都市であったとしても、順々に移り変わっていくその風景は、どれも何の変哲もなく素晴らしい。荒川に鉄橋3本が架かっている昼と夜のロングなどもじーんとくる。浅草の花屋敷はまるで『パリ、テキサス』だ。そしてあの夜の最終バスには一度乗ってみないではいられない。(街や家の風景とは、自然の風景と違い、人為というものが隅々まで詰まっているから、捨てがたいのだろうか?)

そして、それらの風景に伴って、思わせぶりだがなんだかずるっと滑って転んでいくだけのようにして繰り返される様々なエピソードと、ひたすらな暇つぶしと無駄話は、とにかくことごとくツボにはまっていた。

そのうちに、散歩のどこがいいのかって? そんなの歩いてみれば分かるさ、この映画がいいという人はきっとわかるよ、となんだか胸を張りたくなってくる。

もちろん、オダギリジョー三浦友和小泉今日子吉高由里子岩松了ふせえり松重豊、みんなほんとにステキだ。そしてもちろん岸部一徳。彼こそはじつは東京という町に気まぐれにしかしけっこうしばしば舞い降りる(無愛想な)天使なのではなかろうか。

それから絶対にもう一つ、この映画が他人のための映画という気がしないと思ったのは、音楽だ。「転々」のタイトルが手描き文字で現れるとともに流れてきたその曲はなんと、鈴木慶一ムーンライダースのデビュー的アルバム『火の玉ボーイ』に収められた「髭と口紅とバルコニー」! この1970年代中期日本ロックの名盤を、私は80年代になって知ったが、まさに永久不滅のお気に入りになった。しかも同じ『火の玉ボーイ』からさらに「スカンピン」という名曲が映画の中盤を彩っていくので、うれしさは倍増する。なお「髭と口紅とバルコニー」は映画のエンドクレジットで改めて聴くことになる。asin:B00005S0EJ

最後に私も一つトリビア:「あぶどら肉店」は、アブドラ・ザ・ブッチャー(往年のプロレスラーの名前)だろう。この映画作っててきっとみんな楽しかっただろうなと想像する。「スカンピン」とかみんなで歌うのもとても楽しいと思う。

『転々』オフィシャルサイト http://tokyosanpo.jp/indexp.html

◎「スカンピン」はYouTubeにあった。http://jp.youtube.com/watch?v=Atp3UNIWOHY


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追記) なおこの映画ではラヴェル亡き王女のためのパヴァーヌ」がまた絶妙に使われている。デリケートな涙が思いがけずふいにこぼれおちる瞬間の形容なのではないかと思うような、ほんとにいい曲だ。それくらいしか書けないが、実際聞けば一目(一聴)瞭然かとおもう。ASIN:B000W05NIC