東京永久観光

【2019 輪廻転生】

映画Disk鑑賞記録 2015 (3)


ラヴソング(甜蜜蜜)/ピーター・チャン(1996)

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大傑作。私がみた数少ない香港映画ではたぶんベスト1。

テレサ・テンの歌(および本人)が決定的な役割を担う。しかも3回。1回目はテレサのカセットテープ。売ってひと儲けしようとするマギー・チャンのたくらみは見事に外れるが、レオン・ライとはそれがもとで親しくなる。2回目はなんと街頭で本人に出くわす。2人が完全に恋に落ちるのもそれがきっかけだった。そして3回目。アメリカでテレサの死を知りショーウィンドウのテレビに足をとめた2人が、まさかの再会をする。このラストシーンでは もはやテレサの歌声に涙が流れない人は皆無だろう。ついに2人は本当に結ばれるのか。マギー・チャンの最後の最後の笑顔。

カメラワークの良さにも目が奪われた。最も印象的だったのは、テレサに出くわしたその後で、車から降りて去って行くレオンを、運転席から見送ったマギーが、うなだれて思わずクラクションを鳴らすと、その音に振り返ったレオンとマギーが図らずも見つめ直すことになってしまうところ。そうして2人はもはや別れられないのだと悟り、レオンは車のところへ戻ってくる。それを黙って見ているマギーの表情の変化は、車のドアミラーがとらえている。

もう1つあげるなら、カセット売りに失敗して落ち込んだマギーが、レオンの狭い住まいを訪れ、餃子を一緒に食べたあと、皿をいっそう狭い炊事場で洗っていると、冷たくなったマギーの手に、それを気遣うレオンが、思わず触れてしまうところ。

展開が、なんというか全体に映画的なのだ。「映画的」というのは、そのシーンのなかに必然的に存在している場や物や人の動きが自然に使われることを通して、そのときの人物の行為や心情が語られたり、さらには転じていったりするということ。あるいは逆に、そこにいる人物の行為や心情の状態と変化が、その場や物や人になんらかの状態や変化をもたらし、それゆえに映像の動きがユニークでトリッキーなものになるということ。

そのカメラワークは、香港の喧騒もまた実にうまく写しとる。同じくアメリカの街の雰囲気もまたうまく捉える。そこに映し出されるのは、香港に出てきた大陸人の期待と不安、さらにそこからアメリカへと渡って行った中華系の人の期待と不安か。

そんな効果もあって、レオン・ライはまさに大陸(天津)から出てきたばかりの粗野な青年そのものに見える。マギー・チャンのほうも広州から出てきたばかりだったと後でわかるが、それもそのとおりに見える。脚を広げて堂々と座りナッツの皮をどんどん捨てる様子なども中国女性のイメージそのままだが、あれは演技だろうか。ちなみに、マギーは香港で起業するという夢がかない、そのパーティーでレオンと会話しながらソーセージとパインの串を次々に口に入れる。数えてみると1カットで計5本。あれも演技というより演技に夢中で思わず食べてしまった感がある。

その2人の出会いはマクドナルドだった。レオンは生まれて初めての注文がうまくできない。これもいかにもありそう。仕事にありついたレオンは「党の幹部より給与がいいんだ」と郷里に手紙を書くが、それもありそうな話。

それにしても、中国人にとっては、天津<広州<香港<米国、と格が上がっていくのか。そんななかで中華系共同体の多彩性・グローバル性にも気づかされる。日系共同体はというと、世界にそれほどいろいろは存在せす、つながりも薄いのではないか。

なお、香港の街はときおりドキュメンタリー風に撮影される。鶏を何羽もくくりつけて繁華街を走るレオンの野暮ったい自転車。そういえば、自転車の役割もこの映画では大きい。マギーも荷台に乗せて走る。終盤のニューヨークではカーチェイスならぬ自転車チェイスとして大活躍を見せる。

香港に住むレオンの叔母は「若いころウィリアム・ホールデンに会ったのよ」と繰り返し口にしている。それはどうやら事実だったらしい。そのことは、レオンとマギーの夢のごときストーリーもまた本当にありえるのだと示唆するのだろうか。あるいはやっぱり、どちらも夢物語にすぎないよということなのか。ともあれ、そうした夢のごとくめまぐるしい歳月のなかで、マギー・チャンは一攫千金の夢を追い、半ば到達し、しかし恋を失う。

香港のやくざが絡む展開はやや非現実的かもしれないが、それでもこの2人もまた純愛を貫いた。マギーは、情夫だったそのやくざが死んだとき、彼の背中に、かつて自分のために刻んでくれたミッキーマウスの刺青を見つけて、泣く。これまた誰でも泣くだろう。レオンの郷里の恋人が後から香港に出てきてレオンと結婚するが、この2人も純愛だったと思える。

メロドラマなのだろうが、メロドラマだからといってドラマにならないわけではなく、映画にならないわけでもなく、素晴らしい映画にならないわけでもないことを、思い知る。なお、筋を知らずに鑑賞したほうが楽しめる。しかも最後の最後に素晴らしいオチが1つ用意されている。

映画は1986年の香港から始まる。マギー・チャンテレサ・テンのカセットを売るのは翌1987年の春節前の大晦日。たいへん寒そうだが、香港の冬はそうだったっけ? ちょうど私が初めて香港を旅行したのが1987年だった。フェリー乗り場で買った英字新聞に「Hu」という大きな文字が踊っていたのを、なぜか覚えている。胡耀邦が失脚したというニュースだった。調べてみると、たしかに1987年1月16日の政治局拡大会議で胡耀邦は総書記を解任されている。なんだかフェリー乗り場もわりと風が冷たかったような気もしてきた。その旅行では、香港の住宅の玄関に鉄格子がはまっていることも知った。安宿を探しに行ったチョンキンマンションでのこと。香港に着いたばかりのレオンが叔母の住居を探すときにも鉄格子越しにしか会話してもらえない。また、映画では1987年10月に株が暴落しマギーは虎の子の資金をすっかり失うのだが、これはつまりブラックマンデーだ。別のところで「円が上がったのよ」とつぶやいたりもする。ポケベルも使われている。

それにしても香港は狭い。チムチャツイ、ヤウマティ、モンコック。繁華街の数も東京ほど多くないだろう。旅行でも映画でも馴染みになる時間は東京に比べれば少しですむのではないか。

ずいぶん前に友人から強く薦められた作品で、そのとき私は間違えて『ラブストーリー』という韓国映画を見て、面白かったです感動しましたと言ってしまったという過去をもつ。『ラブストーリー』もべつに悪くはないが、『ラヴソング』と比べたら、セ・リーグパ・リーグみたいなもので、そもそも実力差がありすぎ。だいたい国籍が違うし。


あなただけ今晩は/ビリー・ワイルダー(1964)
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むかし子どものころ何故か大晦日の夜中にテレビでやってた記憶があり、懐かしくてDVDを借りてみた。シャーリー・マクレーンのストッキングの緑がとても鮮やか。パリの市場の野菜や食肉や娼婦が立ち並ぶ裏通りの色も鮮やか。あのころは白黒テレビだったので全くわからなかったのだ。イギリス紳士に化けたジャック・レモンの演技もおもしろい。2人の共演は『アパートの鍵貸します』に続くもの。ビリー・ワイルダーとしては晩年に近いのか。でもまだ60年代。奇策を弄することもなく映画ならではの面白さを全開にして楽しもうといった気分が、随所に感じられる。


探偵物語根岸吉太郎(1983)

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薬師丸ひろ子といえば「こんなやついない」というヘンテコなキャラクターだが、映画に出てくると「まちがいなくここにいる」という真実味に圧倒される。内気かつ過激な少女の心情という一般的なものが描かれているのだが、たちまち独特の世界に置き換えられてしまう。不思議だ。

思いがけず恋に落ち どうにも抗えないその揺れる心のひとつひとつを、丸顔の表情が本当に見事に演じきる。松田優作のくたびれた探偵ももちろん最大限に魅力的。それでも彼女の前では引き立て役。無鉄砲なストーリーは、存在自体がどこかコミカルなその2人に、とても似合う。そんな不思議なリアリティが最後まで破綻せず進むところ、おそらく根岸吉太郎の手腕も大きいのだろう。

ドラマ『あまちゃん』で水口がアキを抱きすくめたシーンは、『探偵物語』のラストへのオマージュだろうと聞いて、なるほどそうかと感動した。能年玲奈松田龍平でこの映画をリメイクしてはどうかとも言われている。そしたら今度は薬師丸ひろ子岸田今日子のお手伝いさん役で…

角川時代の薬師丸ひろ子は「Wの悲劇」だけ良かったという記憶だったが、完全に裏切られ、この映画が1番になった。


探偵物語(テレビドラマ)

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映画『探偵物語』がきっかけで、がぜん松田優作が見たくなり、また借りた。たとえば、おもちゃみたいなマイクを向けながら聞き込みをするなんてのは、ハードボイルドの裏筋に隠れていたきわめて特異なツボだろう。そんな独特世界のトーンがテレビを通して初めて、さっと花開く。1979年。歴史的瞬間ではないか。

いくつか見たが、第5話「夜汽車で来たあいつ」がやっぱり一番面白かった。若き水谷豊と原田美枝子が兄弟役で出演しているのが見逃せないが、松田優作のノリも突き抜けている。この話は以前も書いた。http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20081116/p1(最後のほう)


007 スカイフォール/サム・メンガス(2012)

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007シリーズとは英国風ダンディズムを極めるのが趣旨なのだろう。その点は世紀を超えても変わらないようだ。ただし、映画の技術そして各都市の眺めは50年前に比べたら大いに様変わりしただろう。上海とマカオのゴージャスぶりなどはその象徴か。そしてその50年の経過を踏まえつつも、老齢とローテクの底力をこそ見せてやろうというのが、今回の物語か。冒頭から、トルコのバザールや屋根の上を使ったカーアクションとバイクアクション、そして列車を使った大掛かりなアクション。サビから始まる楽曲のようなものか。


岸辺の旅/黒沢清(2015)=劇場鑑賞=

http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20151110/p1


ベン・ハーウィリアム・ワイラー

http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20151201/p1


TOMORROW 明日/黒木和雄
 TOMORROW 明日 [DVD]
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20150919/p1


復讐するは我にあり今村昌平(1979年)
2度目の視聴。面白すぎて困る。エロ昭和っぽいというか。とりわけ小川真由美北村和夫のからみ。原作(佐木隆三)も読みたくなった。そういえば佐木隆三カメオ出演
過去:http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20111218/p1


ゴーストライターロマン・ポランスキー(2010)
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高い評価は納得できるが、ポランスキーっぽいかというとどうか。人里離れた場所が初期の白黒作品を思わせたけれど。


白ゆき姫殺人事件



◎映画Disk鑑賞記録 2015年(2)
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20151025/p1

◎映画Disk鑑賞記録 2016年(1)
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20160304/p1