日経サイエンス3月号の特集「STAPの全貌」をやっと読んだ。まるでエラリー・クイーンの推理小説!
◎http://www.nikkei-science.com/page/magazine/201503.html
「STAP細胞は最初からなかった」と記事は結論する。今回の研究はすべて虚構だったことになる。
では、「STAP細胞だ!」としてネイチャーが掲載し、NHK7時のニュースで私たちが割烹着とともに目撃したあれは、一体何だったのか?
記事によれば、今回の実験手順は以下のはずだった。
(1) 若山さんが「実験用マウス」を小保方さんに渡した。
(2) 小保方さんが「実験用マウス」から「STAP細胞」を作り、若山さんに返した。
(3) 若山さんが「STAP細胞」から「STAP幹細胞」を作った。
(4) 「STAP幹細胞」から万能性を示すキメラマウスなどができた。
ところが、(2)以降は事実ではなかったと考えられる。なぜなら、小保方さんの研究室に残っていた実験サンプルなどすべては、既知の「ES細胞」と一致したからだ。STAP細胞の存在を示す形跡は1つもない。
これを知って若山さんは驚愕したという。それはそうだろう。「自分が渡したマウス」からできた細胞と信じて自ら手にしていたものが、「まったく別のマウス」の細胞だったというのだから。
いわば「マウスすり替え事件」。では、いかにしてすり替わったのか。故意か偶然か。
記事は「単なるミスだとは考えにくい」としている。取り違いが単純ではないからだ。ただES細胞に入れ替わったのではなく、ES細胞と別の特殊な細胞とがうまく混合されている。しかもその混合がなければ、今回の発表にあった「その細胞から作られた胎児と胎盤の両方が光る」という現象も実現しなかった。今は亡き笹井さんに「STAPでなければ説明がつかない」と記者会見で言わしめた現象だ。しかしそれはマジックにすぎなかった。
こうした展開がまさに推理小説を思わせた。
さらに、犯行現場ともいうべき研究室に残された遺留品について、特定のES細胞であるとして身元が明かされていく推理には、いっそう興奮せざるをえなかった。
エラリー・クイーンならこう言うだろう。「犯人は2つミスを犯しました」
1つめ。どこからか入手したES細胞をこっそり使うことによってキメラマウスの身体を緑色に光らせるところまでは犯人の計画どおりだった。ところが、そのES細胞はマウスの精子も光らせる遺伝子を持っていた。これを犯人は知らなかった。この身体も精子も光ることが動かぬ証拠となり、「ES細胞ではないか」という疑惑は、「特定の研究者が特定の時期に作成した特定のES細胞以外にはありえない」という確信へと変わった。
2つめ。論文は「新生児マウスの脾臓からSTAP細胞を作った」としていた。ところが、研究室に残っていたその材料を詳しく調べてみると、いずれの細胞も「ある染色体が3本ある」という異常をもっていた。その異常があればマウスは胎児のうちに死んでしまう。3本の染色体をもつマウスの新生児などは存在するはずがないのだ。存在できない「新生児マウス」から作られた「STAP細胞」もまた存在するはずがない。犯人はそこも見落としていたようだ。しかも、この染色体異常はES細胞の培養中ならしばしば生じるという。3本染色体という物証が、STAP細胞の不在を裏付けるとともに、ES細胞へのすり替えも強く示唆してしまったのだ。
これらの検証は、真相をうやむやにしてはならないという複数の研究者の強い動機に支えられ辛うじて達成されたという。ありがたいことだ。理研自体は重い腰をほとんど上げなかった。
なお、マウスのすり替えを行ったのが誰なのかは「突き止めることはできなかった」と日経サイエンスは記している。疑いの向けられる人物は明らかだろうが。
それにしても、今回の検証が可能になった背景には、実験用マウスや作成されたES細胞がもつ遺伝子情報が完ぺきに捕捉・共有されている体制があるのだと、つくづく感じた。万能細胞の開発にバイオテクノロジーの驚異的な進歩が生かされているわけだが、万能細胞の捜査にもそれは生かされる。そもそもDNA事件なんだからDNA鑑定はうってつけ。下手なことはできない。
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STAP細胞騒動、その始まりのころ。
◎http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20140201/p1