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【2019 輪廻転生】

[本]立花 隆+利根川 進『精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』(文春文庫)


立花隆は最初に自分が分子生物学にどうして強い関心を持っているかを述べている。人の精神までが物質によって(狭義には分子生物学によって)すべて解明できるのかという関心だ。しかし、インタビューでずばりそれに当たるものは、最後の最後にやっと出てくるように思われる。そこまでは免疫をはじめとする研究の中身について延々と解説している。

その最後の最後に当たるパートで、利根川は基本の立場を表明する。すなわち、精神が神秘であるとか幻であるといった捉え方に対し、強い違和感や反論を示す。立花はそれに対して少しくいさがる。特に、人間の精神活動は物質だけで説明しても不十分ではないかと問う。これは意識(クオリアなど)のことを念頭に置いているのだろう。

ちなみに、インタビューの冒頭、利根川は、大学に入学した時点の自分は人の体が細胞で出来ていることも知らなかったと打ち明けている。まだそんな時代だったのかとも言えるし、一方、現在でも高校を出たばかりの段階なんてその程度なのだとも考えられる。

インタビューと立花の補足によって解説される免疫の仕組みなどは、利根川が最初期に探究した中心課題だったようだが、それも今では科学に興味ある人なら十分知っている範囲だから、おもしろいものだ。それくらいこの分野の学問は進歩が急速だったのだといったことも、立花は書いている。なるほど。


以下p322以降から引用】(――は立花の質問 「  」は利根川の回答 *は私のメモ)

 ――遺伝子によって生命現象の大枠が決められているとすると、基本的には、生命の神秘なんてものはないということになりますか。

「神秘というのは、要するに理解できないということでしょう。生物というのは、もともと地球上にあったものではなくて、無生物からできたものですよね。無生物からできたものであれば、物理学及び化学の方法論で解明できるものである。要するに、生物は非常に複雑な機械にすぎないと思いますね」

 ――そうすると、人間の精神現象なんかも含めて、生命現象はすべて物質レベルで説明がつけられるということになりますか。

「そうだと思いますね。(中略)エモーションなんかにしても、物質的に説明できるようになると思います。いまはわからないことが多いからそういう精神現象は神秘な生命現象に思われているけど、分かれば神秘でも何でもなくなるわけです。早い話、免疫現象だって昔は生命の神秘だと思われていた。しかし、その原理、メカニズムがここまで解明されてしまうと、もうそれが神秘だという人はいないでしょう。それと同じだと思いますね。精神現象だって、何も特別なことはない」

 (中略)

 ――だけど、精神現象というのは、はたして新幹線や免疫現象のような意味で、物質的基盤を持つといえるんでしょうかね。あれは、一種の幻のようなものじゃないですか。新幹線や免疫現象なら、そこに生起している現象も物質の運動であり、物質の化学反応ですね。だからとことん物質レベルで説明をつけることに意味があるだろうけど、精神現象というのは重さもない、形もない、物質としての実体がないんだから、物質レベルで説明をつける意義があまりないと思いますが。

「その幻って何ですか。そういう訳のわからないものを持ち出されると、ぼくは理解できなくなっちゃう。いま精神現象には重さも、形もない、物質としての実体がないとおっしゃいましたが、こういう性状をもたないもの、例えば電気とか磁気も現代物理学の対象になってるわけです。ぼくは脳の中で起こっている現象を自然科学の方法論で研究することによって、人間の行動や精神活動を説明するのに有効な法則を導き出すことが出来ると確信しています。そのあかつきには、いま立花さんが幻だと思っておられることも『なるほど』と思われるようになるでしょう。要は、人間がもろもろの対象を理解するのに、過去においてこれだけすばらしい効果を挙げてきた自然科学の方法を、人間の精神活動を司っている脳にあてはめないという手はないし、実際そうすれば、立花さんが今考えておられるよりも、もっともっといろいろな事がわかるだろうということです。そこまでいかないレベルで説明をつけようというのは非科学的でナンセンスだと思いますね(後略)」

 ――しかし、精神現象を何でも脳内の物質現象に還元してしまったら、精神世界の豊かさを殺してしまった理解になってしまうんじゃないですか。(後略)

「(前略)ぼくの言おうとしていることの一例としてですが、たとえば教育学という分野がありますね。どうやって子供を教育すればいいか、いろんな学説の体系がある。だけどそれがちゃんとした原理からの発想にもとづいた学説かといったらそうじゃない。たとえば、人間の知能はどう発達していくのか、性格はどう形成されるのか、そういうことがきちんと原理からわかった上で、だからこうすればいいんだという処方が下されているかというと、そうじゃない。現象的な経験知の集大成にすぎないんですね。当然こういう処方には限界があるわけです」

*こういう宣言にはやっぱりちょっと違和感がある。

(中略)

 ――文学とか、哲学といったものはどうなると思いますか。

「哲学に関していえば、すでに現代の生物学の成果がこの学問分野に与えた影響は、かなりのものではないでしょうか。ブレイン・サイエンスの成果は哲学が扱う世界観・人間観にさらに大きな影響を与えると思います。文学についていえば、すぐれた詩が人間を感動させるとき、人間の脳の中で、それに対応する物質現象が起きている。それが解明されれば、どうすれば人間を感動させられるかがもっとよくわかる(後略)」

*このあと話のテーマが変わって

 ――精神現象も含めて、あらゆる生命現象が根本的には物質的基盤の上に立っている、そして物質的生命現象というのは基本的にはDNAに記された設計通り動いていくのだということになると、精神現象も決定論的現象だということになりますか(後略)。

「(前略)行動の大きな枠はその人が持って生まれた遺伝子群でかなり決まっているのではないでしょうか(後略)」

 ――生命現象を物質に還元していく極端な立場として、本当に生きているといえるのはDNAなんであって、人間とか動物とか、生きている生命の主体と考えられているものは、実はDNAがそのとき身を仮託しているものというか、身にまとっている衣みたいなものだという考え方がありますね。

「ぼくも、基本的にはそういうことだと思っています。地球の歴史の上で、あるとき物質が化学変化を起こして、DNAというものができた。それがずっと自己複製しながら、進化を続けてここまでやってきた。それが我々ですよ。みんなDNAと自分の自我をわけて考えているから、そういうことをいわれるとギョッとするけど、我々の自我というものが、実はDNAのマニフェステーション(自己表現)にすぎないんだと考えることも出来るわけです」

*これはドーキンス的な立場か。

*この直後に、利根川は意表をついたことを言う。「ぼくは唯心論者なんです」と。

 ――唯物論のまちがいじゃないんですか」

「いや、唯物論だけど唯心論なの。つまりね、我々がこの世界をこういうものと認識していますね。これがコップでこれがヒトだと。こういう認識は何かというと、結局、ぼくらのブレイン(脳)の認識原理がそうなっているから、そういう認識が成立しているということですよね。もし、我々の認識原理と全く異なる認識原理を持つブレインがあったとしたら、それがこの世界をどう認識するか全くわからないですよね。だから、この世がここに、かくあるのは、我々のブレインがそういうものとして認識しているからだということになる。同じ人間というスピーシズに属する固体同士で、同じ認識メカニズムのブレインを持ち、それによって同じコンセプトを持ち合っているから、世界はこういうものだと同意しあっているだけということでしょう。つまり、人間のブレインがあるから世界がここにある。そういう意味で唯心論者なんです」

カントからつながる認識論の基本形が脳科学を基盤にしたものに置き換えられたといった印象。こうした考えのほうが、それまでの話より、私にはずっと興味深い。


Amazon.co.jpより
 精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)

《本書は立花隆による利根川進への20時間にわたるインタビューの集大成である。利根川がノーベル生理学医学賞を単独で受賞したのは1987年。この分野では単独受賞だけでも珍しいが、選考委員のひとりが「100年に一度の大研究」というコメントを発したこともあり、受賞後、日本のジャーナリストが大挙して押しかけた。しかし、いずれも初歩的な質問に終始し、業を煮やした利根川は一度だけ本格的なインタビューに応じることにした。その相手が立花隆だったというわけだ。
とにかくおもしろい。ノーベル賞の対象となった研究「抗体の多様性生成の遺伝学的原理の解明」の内容がわかるだけでなく、さまざまな実験方法や遺伝子組み換え技術などのディテールが書き込まれているおかげで、仮説と検証を積み重ねて一歩一歩真理に近づいてゆくサイエンスの醍醐味が手に取るように伝わってくる。利根川が定説を覆す仮説をひとり確信し、文字通り世紀の大発見に至るくだりには思わず興奮してしまった。利根川の研究歴をなぞる構成で、運命的な出会いや科学者の生き方といった人間的な側面も興味深い。
ワトソン、クリックによるDNAの2重らせん構造の発見に始まった、分子レベルで生命現象を究めるという分子生物学の飛躍的な発展は、物質から生命、精神へと自然科学の方向転換をもたらした。ヒトゲノムの解読もそのひとつだ。いずれは生命現象のすべてが物質レベルで説明できるとの予測すらある。本書は利根川の偉業とともに、人類の知の歴史における一大事件である分子生物学草創期のあらましを書き留めた記念碑的名著である。(齋藤聡海)》