東京永久観光

【2019 輪廻転生】

生物多様性についての意見多様性


   


生物多様性
それは大事なのだろう。直感的にはそう思う。
ただ、その議論のほうに多様性がないようで気になる。
あるいは、
その議論がなんだかいわば温暖化していることが気になる。


なぜ生物は多様であってほしいのか。
それは
「私たちがぜひとも長く生きられるよう」
「私たちができれば楽しく生きられるよう」
こうしたことにつきると思う。


この場合
長く生きるというのはわりと単純だが
楽しく生きるというのはけっこう複雑だ。
つまり「何が楽しいか」の価値は多様だ。


たとえば
屋久島のシカはどうするのとか。
屋久島でなくてもその辺で暴れているサルはどうしてくれようとか。
ハマダラカやゴキブリはさすがにどうするんだとか。


あるいは
イルカ漁で生活する太地町を含めたヒトの多様性。
その天敵たる「ザ・コーブ」のヒトを含めた多様性。
いろいろ複雑だ。


先日(10.10)読売新聞では
イギリスの前日本大使という人(グレアム・フライ氏)が
こんなことを述べていた。


《いまこれを書いている、英国の筆者自宅でも雀が屋根に巣作りし、庭で遊んでいる》


意見の多様性を重視する立場としては
天の邪鬼なことを言いたくなった。


東京の貧民には、雀よりなにより
自らの生息の危機がよほど緊急の課題だ。
「だいたい俺らの住まいに、雀がくる庭なんかないよ。あ、屋根もだ」


ともあれ、雀のために、生物多様性のために
この私にいったい何ができるのか。
それがまったくよく分からない。


ただ、その読売の記事の見出しをよくみると
《雀が無事なら人間も無事》だった。
なんだよくわかってるじゃないか!


◎記事はこちらに転載されている。
 http://blog.livedoor.jp/ayayanoken-cyu/archives/50452951.html


生物多様性に関する広く深い考察ならこちら
 http://jvsc.jst.go.jp/earth/bd/
 JSTバーチャル科学館「生物多様性って何だろう」