東京永久観光

【2019 輪廻転生】

100円ライフハック


このあいだ渋谷で飯を食いに出たとき、読む本が手元になくどうしようかと思っていたら、目の前にブックオフがあるではないか。最近開店。よし。しかし、飯屋で数百円の食い物を待って食べ終えるまでの空白を埋める本に、また数百円を出すのは惜しい。一直線に100円コーナーに向かう。片手で読める文庫本がよいだろう。ところが、活字なら何でもと思って入ったのに、いざ買おうとすると、私が今どうしても読みたい本はどれなんだ、なぜこれを読まねばならないのだ、ととことん探し抜くことになってしまう。100円が惜しいのではない。そもそも自分が好きなたぐいの本というのは少ないものであり、しかも、後ではなく今すぐ読み始められそうな本となるとけっこうハードルが高いのだ。「ボヴァリー夫人(上)」(岩波文庫)? たしかにまた読みたいとは思っていたけれど、今急にどうこうするわけにもいかない。そうこうしているうちに、とうに食事が出てきて食べ終えてもいる時間になってしまった。仕方ない。隣の新書コーナーへ。しかしまあ新書の古書とはそもそも形容矛盾であり、とりわけ100円となると「これしばらく前なら買ったよなあ」という品ばかり多いのであった。ようやく見つけたのが『理科系の作文技術』(中公新書)。これは名著。だいたい中公新書は長年の読書に耐える決定版が目立つ。少なくとも同じ著者が「理科系の作文技術なんて大間違い」などといった続編を売ることはまさかあるまい。ともあれ、すっかり腹が減った。

しかしまあ『理科系の作文技術』がまず何をアドバイスするかというと、上に私が書いたごとき、ごちゃごちゃしてトピックが何か分からない段落もないような文章は絶対書いてはいけません、ということなのだった。

とはいえ、『理科系の作文技術』は、あるテーマについて文章をまとめること、すなわちそれは自分の考えをまとめるということでもあるのだが、その根本的で汎用的な方法論をきわめて具体的に実効的に示してくれる。そのしつこいほどの具体性は本多勝一の『日本語の作文技術』を思わせ、そのなりふりかまわぬ実効性は野口悠紀雄の『超「整理」法』(これも中公新書だ)を思わせる。さらに、文章は「事実と意見」をきっちり分けなさいという『理科系の作文技術』を有名にした指南が後から出てくる。

著者の木下是雄は、同書の対象を理科系の人が仕事で書く文章としている。しかしじつは、こうした日々のブログでも、たとえば「結論をまず書きなさい」といったアドバイスなどを自覚的に取り入れている人は大勢いるようだ。そうでなくても、自分にも他人にもなるべく分かりやすく、できれば面白くと日々望んでいるうちに、誰しも似たような方法や技術を無意識のうちに探り当てさらには備えてもいくのだと思われる。文章ハックというか。

ちなみに、『理科系の作文技術』が頭にあったのは、このあいだ『日本人の英語』(岩波新書)を読んだら『理科系の作文技術』が共感的に取り上げられていたからだ。両書の考えで特に共通しているのは、日本人ははっきり物を言わないし書かないが、それでは駄目だ、英語ではそれは通用しない、という点にある。よく指摘されることであるがやはりとても気になる。日本人の言葉や考えが本当にそうなのか、だとしたらなぜなのか、それは実証されているのかという興味につながってくる。さらに、言語の性質(ものごとをどう言い表すか)と認知の性質(ものごとをどう捉えるか)とが本当になんらかの因果関係をもつのかという長年の議論にも通じてくる。

ちなみに、『日本人の英語』もけっこう古い本だが、最近ネット上で複数取り上げられていて知り、読もうと思った。(例:http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2008/09/post-2b88.html) 『日本人の英語』も、さまざまなことに気づかされ、しかもなかなか味わいのある一冊だった。

ちなみに、ちなみにで始まる文章を理科系の仕事で書いてはいけません。

◎理科系の作文技術 asin:4121006240
◎日本語の作文技術 asin:4022608080
◎超「整理」法 asin:4121011597
◎日本人の英語 asin:4004300185