東京永久観光

【2019 輪廻転生】

『ダ・ヴィンチ・コード』


中世史やキリスト教の知識が余計なまでに厚塗りされて視界不良で徐行運転、といった『薔薇の名前』みたいな読書をいくらか期待したのだが、それはまったく違っていた。『ダ・ヴィンチ・コード』は明らかな娯楽小説。私はタイ旅行中に大江健三郎『憂い顔の童子』を半分読んだところで、気分転換にこの本に手を伸ばし、全3巻すいすい進んでしまった。実際そういう美点こそ世界的ベストセラーの条件なのだろう。

しかしふと気づいた。この小説を角川文庫は3冊にも分けて買わせたわけだが、ページ数はそもそもそれほど多くなかったじゃないか。活字のスカスカ感も否めない。傍らにある講談社文庫『憂い顔‥』を見よ。全1巻なのに『ダ・ヴィンチ‥』全3巻の総ページ数より多いのではなかろうか。しかも『憂い顔‥』のぎっちり詰まった活字。まあそれはそれとして、十分楽しんだので文句はない。

さて読み終えた直後、バンコクで日本映画(三丁目の夕日)をやっているのを見に入ったのだが、ちょうどそこで『ダ・ヴィンチ・コード』の予告編を観ることができた。おやあれはどう見てもトム・ハンクス(実際そうなのだが)。それとジャン・レノか、なるほど。やはり映画も観てみたい。

しかし、本があんなに売れてすごいなと思っていたが、映画の公開が始まったらいっそう話題に事欠かない。各国のキリスト教団体が次々に反発したかと思えば、世界市場の興行成績を塗り替えたともいう。カンヌ映画祭の開幕作品にもなったらしい。それを観て批評家は冷笑し一般観衆は大喝采したとのこと。それもなかなか面白い。

さて、旅先で読むなら『薔薇の名前』か『ダ・ヴィンチ・コード』か。それは人それぞれ。では、旅先の街で博物館と遊園地のどちらに行きたいか。それもまた人それぞれ。ともあれ『ダ・ヴィンチ・コード』はおそらく遊園地の楽しさに近いのだろう。


 *


さて、イエスに妻がいて子孫が現在まで保護されてきたというストーリーは、どれくらいの蓋然性があるのだろう。それを完全なフィクションとみるかどうかの程度は、キリスト教社会であれば常識的に共通するものなのだろうか。あるいは、テンプル騎士団や聖杯にまつわる話題も西洋などではかなり身近なのだろうか。キリスト教にあまり縁のない者としてはそういうところが悔しくも気になった。逆に、この種の空想ミステリーが東アジアや日本の歴史を題材にして作られていたら、もっと興奮するのかもしれない。日本史なら邪馬台国とか大化の改新とかなんかそんなところにネタはあるのだろうか。あるいは平氏の生き残りとか。義経がチンギスハンになったというのもあるが。もっと皇室の正統性に絡むような夢想だったら今回みたいな波紋を呼ぶのだろうか。などと考えていて、キリスト教だけでなくアジアや日本の古代史についても知識は薄いということを思う。

それで思い出した。『三日月情話』(脚本 佐々木守)という不可思議なストーリーのTVドラマが70年代に放映されていたそうだ。友人から教えてもらったことがある。それをまとめたサイト(下)があり、「揺れ動く男女の心情ドラマの背景に、失われた日本原住民=出雲族の運命を描く」などとある。古代出雲には大和とは別系統の勢力が存在した、といった超古代伝説みたいなものがベースにあるのだろう。ドラマでは、その一族の子孫が密かに現代まで生き残ってきたが、皇室の勢力は彼らの存在と真実の歴史を壊滅させようとして、戦いが開始される、といった展開のようだ。しかもそこになぜか竜宮伝説が絡んでくる。この浦島太郎のお伽話というのも、たいして教訓もなくただ荒唐無稽で謎めいているともいえる。亀を助けるとか乙姫とか玉手箱とか寓意に満ちたイベントや特異なアイテムも揃っている。『ウ・ラシマ・コード』といった感じの小説と映画になったら、面白いのかも。


 *


ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウンASIN:4042955037
『三日月情話』まとめサイト http://members.at.infoseek.co.jp/mamoru1976/index.html