東京永久観光

【2019 輪廻転生】

たいていの地獄が見学だけですむ原理


安田純平さんがシリアに行きたいと思った気持ちは、私がどこか知らない海外を旅行してみたいという気持ちと、いくらかは似ているのではないか。(維新の党と民主党が似ている程度には)

中東などから西欧に向かう難民のニュースが、わりと気になるのは、自分が生きている現在の世界の様子や構図を、濃縮して知ることができるだろうという期待からかもしれない。海外旅行に行きたい理由も、少なくとも部分的には、それだ。

戦争や難民や天災や殺人、あるいは保育園に行けないとか学歴を詐称してましたとか、いろんなニュースから目が離せないのは、野次馬である部分を除けば、私のいるこの世が今いったいどうなっているのか、ズバリ示されているように思えるからなのだ。

それにしても、世界を知るためであるとしても、なんでこんな「おぞましい」ニュースばかりに目を見張ってしまうのか。難民や天災の様子などは、できれば間近に実感できないものか、とすら思ってしまうのか。

それは、たいていの場合、自分が難民ではなく自分が天災にあってはいないからだ。深刻におぞましい出来事というのは、世界の実相を現しているとはいえ、幸いなことに、世界の大半の人にふりかかるわけではないのだ。

では、私たちの大半に、ゆえに私自身に、いつも起こっているような出来事には、世界の実相は現れていないのか? そんなことはない。毎日ツイッターで寝不足ですとか、毎日コンビニで満腹ですとか、毎日ゲームで興奮してますとか、そこにも現在の世界の実相は現れている。ありありと。

地獄のような出来事は一部の人たちが被るが、極楽のような出来事は大半の人たちが味わう。

だからこそ、希少価値が求められるニュースには、悪い出来事が多いのだろう。もちろん、現在の世界を象徴する良い出来事も、実は無数に起こっている。でもそれは、けっこう頻繁に、けっこう大勢に起こるために、ニュースにはなりにくい(大発見!)。つまり良いニュースは退屈で繁茂しない。

この世界は地獄のようにひどいことを伴うけれど、私を含めた大半の凡人には極楽のようなイノベーションも絶え間なく起こっているということだ。この世はさほど悪くない。もちろん、上記は反対にも言える。この世界は極楽のように素晴らしいけれど、時には地獄のようにひどい出来事にみまわれる。