小説なんて、何のために読むのかわからないし、何のために書くのかもわからない。それどころか、本当のことをついに打ち明けると、どうしても読みたいとか、止まらなくなるとか、そういうこともめったにない。カレーを食べるとかジェットコースターに乗るとかとはだいぶ違う。
それでも小説を読んで、ときには頭を殴られたような感じがしたり、世界がまるきり違って見えたり、深いことを考え始めたりと、そうしたことが起こる。それは、今読んでいるこの小説は、ある一人の誰かがすべてを書いたのだということを知っており、改めてそこに思いが行きつくからに他ならない。
だから私は、AIが書いた小説に感動するとは思えない。それ以前に読みたいと思わない。
さらに今のことに関連して1つ見えてきたこと──
目的や動機が明瞭な小説なら、たとえばミステリーやホラーなら、AIが書いても同じように楽しんだり退屈したりできる可能性がある。そうすると、さっき小説と呼んだのは、目的や動機がはっきりしない小説のことなのだろうか? それこそが小説か?
というか「もうコンテンツを増やさないでください」という気持ちだろうか… あるいは、本屋に入って小説の棚をながめて、「これ全部読まないといけないのか」と思うより、「ここからここまで(AI小説)は読まなくていいんだ」と思うほうが、助かります。
だから、ふろむださんの主張は、いつもは100%同意できることが多いのだが、こればかりは見解が一致しない。