いろいろあってトーマス・マン『魔の山』も読んでいる。かなり長いが教養小説とはどんなものかとの興味もあって少しずつ。しかしサナトリウムの日々がやけに詳しく描かれるばかりで、ストーリーの進みは鈍牛のごとし。3分の1も読んでやっと「なんだやっぱり主テーマは恋愛か」とどうにか確定しそうな程度。
ところが同じころ、主人公に接近してくるある人物が『進歩促進連盟』なる国際組織の一員であることが、唐突に明かされる。「ダーウィンの進化論から、人類の最も切実なる使命は自己完成なりという哲学的見解を導き出してくる」ことを目的にしているそうで、つまりこれって、あの社会進化論か!
思いがけないことで、ぐっと面白くなってきた。そういえばその人物はこれまで西洋文明をやけに礼賛していた。そして「…アジアが私たちを呑みこもうとしていますからな。どっちを向いても韃靼人の顔ばかりだ」などと、サナトリウムで同居するアジア系ロシア人を嘲笑する。これが社会進化論のリアルか。(ただし、その後あまりそうした展開は出てこない)
なお、『魔の山』を読むことにした経緯は── 先日オンラインで3人で話をしていたとき、1人がある名前を言い、もう1人がそれに応じたが、私は誰のことかわからず、その場でそっとネット検索したら、『魔の山』の登場人物の1人だった。読書好き界隈だとそれぐらいは常識なのかと思い至った次第。
ついでながら、そのサナトリウムはダヴォスの山あいに建てられ、入院者は療養のため、毎日 長椅子に寝そべって清らかな空気に触れている。イメージをつかみたくて、挿絵をAIに描いてもらった(下)

<以下はある読書会で報告した感想>
トーマス・マン『魔の山』(新潮文庫)
・上下巻の上巻を読み終えたところ。
・スイスのダヴォスの山あいに建てられた立派なサナトリウム。そこに長逗留することになったドイツの青年ハンスの物語。
・情景や人物の描写がゆっくりしていて長い。ドストエフスキーの小説は観念の強さやしつこさゆえに長くなる感じだが、トマス・マンのほうは何でもかんでも愚直に説明してしまうゆえに長くなる感じ(読むときは暇なほうがよい)
・教養小説の典型とされる作品で、たしかに近代西洋の文化や歴史、キリスト教、社会進化論などが折に触れて語られる。そのなかで「生命とは何か」の考察が現在の知見とも変わらないようで面白かった(長かった)。ハンスはサナトリウムの医師に学びつつ、自身の肺のX線写真もながめつつ、人体がいかなるものであるかを正確に把握していく。しかしその探求の描写は、恋しい恋しいショーシャ夫人の皮膚や骨格の描写へとするりと転換して果てていく。そこがとても面白かった。
・さて近代とは何だろう。ハンスはやがて第一次大戦に行くらしいが、近代の真髄を何だと考え、そこに生きることの制約や価値をどう感じとることになるのか?