村田沙耶香『世界99』(まだ読書中)

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 ↓(続き)

ある人を正しく知るのが難しいように、自分の性格や生活ですら全体を正しく知るのは難しい。せめて一遍の小説ならと思って読むのかも。『世界99』とか(まだ読んでいる)。しかしけっこういろいろ複雑なので、読み進めるにつれて全体像はむしろわからなくなっている。

 

人の奇行が次々に示される。それが一般的な欲望の変奏である場合は、すぐ実感できて面白いが、凡庸な感覚では実感できない場合も多い。比較として、『ごっつええ感じ』で見せられた奇行の場合、基礎にある欲望が疑いもなくありありと実感できていた。(過去の動画を最近みたので思い出した) 要するに、『世界99』のピョコルンと、『ごっつええ感じ』のトカゲのおっさんやキャシー塚本と、その比較。わかるかどうかなら、答は明らか。どっちがすごい? という問いなら、どんな答になるだろう。

 

(5月16日)

 『世界99』、ピョコルンの家事が雑であることが浮上していて、なんか笑ってしまう。遺伝子変異で生じた新種の人間を死後に再生させ性と出産の役を担わせついでに家事もさせるというディストピアで深刻そうな設定が、なぜか悲劇にならずむしろ喜劇になっているのは、これいかに?

蛭子能収や根本敬の漫画が思い出される。ほかには、映画『逆噴射家族』とか。80年代に若年期を生きた自分の年齢をわびることになるが…。

 

ピョコルンの悲哀に並んで、「白鳥さんって、差別しないためならなんでもやるんだな」といった1行のほうが目にとまる。こうした皮肉をもっと精緻に掘り下げない感じなのは、こうした皮肉を当然の前提にしている世界観であるせいか? たしかにそうした前提のフェーズに国際世界も突入したか。

 

ところで、ピョコルンを、アニメ『オッドタクシー』のアルパカのイメージに重ねている人は多いと思う。…しかし両作ともに鑑賞している人は少ないのか。

↑ 公式サイト(実写ドラマもあったのか?)

 

それにしても… 

『世界99』はやっぱり多重人格やアセクシュアルであることの苦心がベースにあるのかもしれず、その立場なら世界がこれぐらいヘンテコに描かれても、世界への本来の違和感はびくともしないのかもしれない。作者が実際にそうかどうかも気になるところ。