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【2019 輪廻転生】

★高慢と偏見/ジェイン・オースティン(読了)

https://tokyocat.hatenadiary.jp/entry/2021/05/12/000000 から続く

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高慢と偏見』(ジェイン・オースティン/大島一彦訳)は読み終えている。映画でストーリーを知っていることもあり最後まで面白く進んだ。

 

人物の外見は映画の印象がなかなか消えないが、人物の内面はこう長く書き込まれこう長くつきあうと徐々に改めて造形されていく。特に主人公たるエリザベス。

 

小説の冒頭はよく引用される。《独身の男でかなりの財産の持主ならば、必ずや妻を必要としているに違いない。これは世にあまねく認められら真理である》――しかしこの訳知りの冷めた口調で語り始めたのが、交際相手をまさに探している主人公エリザベスだというふうには受け取れない。

実際最終章に到って「作者としては」という文言が初めて現れ(ちょっと驚いた)、やはり語り手はジェイン・オースティンだったと確定する。しかし、物語の長い展開の中では、全知の視点ではなくエリザベスの視点で物事が一方的に描写・評価されることが多い。不安定だがそういうものかと思う。

 

それと多少関連するだろうが、『高慢と偏見』は、前半は直接話法のいきいきとした会話文が多いのに対し、後半は間接話法が多くエリアベスの内面が地の文として冷静に叙述される。そう評価されているようだ。それで実際に面白いなと思ったのはーー

エリザベスが相手のプロポーズを最終的に受け入れるクライマックス。相手の熱いプロポーズは「僕の愛情と願いは少しも変わっていません」などと会話のまま書かれているのに、それに対するエリザベスの返答は、どうしたことか客観的な地の文になっているではないか!(なぜだ?)

《エリザベスはダーシーの気不味い、不安な気持ちがただならぬものであることを察して、ここは無理してでも口を開かねばと自分を励まし、ぎこちない物云いではあったが、自分の気持ちはその四月から大きく変わったこと、従って今のダーシーの言葉も有難く喜んで受容られることを、直ちに相手に納得させた》

しかもこの流れでダーシーの反応もやはり地の文で続くからちょっとあきれる。

《すぐさま喜びに満ちた胸の裡を告白し始め、その話しぶりは、いかにも激しい恋心を抱く男に相応しい気持ちの昂ぶりと情熱を示すものであった》

ふつう、「いいえ、私の気持ちは変わったの。今は、あなたを愛しています!」「おお、エリザベス、天に登るようだよ。きみをずっと思っていた!!」とかなんとかズバリ会話を示し、そのあとに先ほどの注釈が入ってもいいんじゃないか。この読者はそうした感慨を抱いたのであった。

 

さて、それと何らか関連するだろうが、オースティンはイギリス文学において自由間接話法を開拓した作家とされているようだ。

自由間接話法については、説明が面倒だが、以下が参考になった。
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/219422/1/pls22_107.pdf

 

また、『高慢と偏見』を自由間接話法に絡めて分析した論文があり、とても勉強になった。
https://otsuma.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=214&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1

 

ともあれ、小説の文章は常に「誰が語っているのか」「それは誰の視点なのか」の構図とともに読むことになる。そしてその構図はまた常に揺れ動くことが可能であり、叙述する文章の形がその妙を大いに浮上させる。それは小説の大きな魅力の1つだろう。

 

印象的だった点、もう1つ。エリザベスは、お相手ダーシーの身内であるキャサリン伯爵夫人から、あからさまに結婚を妨害される。あなたのような身分の女と結婚したらダーシーの名誉や信用はだいなしになると、すさまじい。

しかしこれに対し、エリザベスは動じない。しかもその態度は「そんなこと言わないでください、わたしダーシーが好きなんです、どうかお許しになって」といった情に訴えるものではない。まったく反対に、きわめて理にかなった論を伯爵夫人に打ち返す!

「私はただ、自分の幸せは自分に良かれと思われるやり方で掴むつもりだから、奥様にせよどなたにせよ、私とまったく関係のないひとが何を仰有ろうと気にしないと申し上げているだけです」「私がミスター・ダーシーと結婚したからといって、いずれの根本理念にも反することにはならないと思います」

エリザベス、いいね! ツイッターなら1万リツイートされそうな、胸のすく弁舌だった。

ジェイン・オースティンは田舎の家で地味で平凡な生涯を送ったという。その小説には当時進行していたフランス革命アメリカ独立の影がまったく見られないとも評されている。しかし、エリザベスのこのきっぱりした態度には、作者自身のまぎれもない先進性を垣間見ているのだろう。そう思う。