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【2019 輪廻転生】

「9条支持」かつ「天皇制支持」

「9条支持」かつ「天皇制支持」の、なんとなく予想されていたかもしれない「なんとなくゾーン」の顔ぶれに、なんとなくショック。

https://twitter.com/edoyaneko800/status/1146729746278969345

 

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https://dokushojin.com/article.html?i=5618

「昭和・平成・令和――改元直後に、天皇天皇制・皇室について考える 小谷野敦×綿野恵太」

 

《本当に憲法9条を改正したいなら、天皇制(1条)も変えなくてはならないし、本当に天皇制を廃止したいなら憲法9条も変える必要があるのではないか》

《『とちおとめのババロア』は天皇皇族を恋い焦がれたり、「おいたわしい」と哀れに思うような、国民的な情動の対象として描かなかった点が強みである気がします。『不敬文学論序説』では、天皇はタブーだからこそ「描写しろ」と言われていました。》

《しかし、ネットや週刊誌などの天皇・皇族をめぐる言説を見ればあきらかなように、「不敬」は天皇制に国民的な感情や情動をかき立てる装置となっている。結局のところ、「不敬」とは「おいたわしい」という国民的な哀れみの裏返しにすぎないのではないか。》

《その意味では、むしろ、石原慎太郎的な無関心のほうが興味深い気がします。「私は陛下より1つ年上だが、それでも頑張っている。本当に陛下には、もうちょっと頑張っていただきたい」(「BSフジ「プライムニュース」二〇一六年七月一三日」)という発言とか、天皇にたいしてなんの興味もない》(以上、綿野恵太)

 

これは、ただの当たりまえの凡庸な意見だ(私も常々そう思っている程度の)。問題なのは、その凡庸な意見が、なぜか なにかとんでもない過激な意見に見えてしまうことだ。それくらい、天皇に関しては凡庸な意見がどうしても遠慮されてツイッターにすら出てこない。