東京永久観光

【2019 輪廻転生】

★しとやかな獣/川島雄三


 しとやかな獣 [DVD]
 洲崎パラダイス 赤信号 [DVD]


『洲崎パラダイス赤信号』とともに今年初めて見て同じく忘れがたいのが『しとやかな獣』(どちらも川島雄三監督)。

「しとやか」と「獣(けだもの)」はオキシモロン=矛盾形容語法で、それはもちろん若尾文子が演じる女を指すのだろうが、この映画は、若尾を見せるための映画であるだけでなく、20世紀中期の団地室内を見せるための映画だとも言いたい。

かくも狭い二間ばかりの続き部屋のみが、金銭と愛欲の化かし合いの舞台。そこを家族と来客が3人、4人と出入りする。ベランダ越しに住まい全景。居間・台所・トイレ・風呂場。壁と家具の間を縫って姿を隠したり、逆に話を盗み聞きしたり。ドアの極小のぞき窓からはヒロインの顔がアップになる。

アングルも上から下からとカットごとに凝っている。竣工して間もない晴海団地らしいが、実物とセットの撮影を混ぜているのだろう。あるいはほとんどセットなのか。そのあたりも興味が尽きない。

騒動は進み、しだいに日も暮れてきて、赤すぎる夕焼けを背景に、踊り狂う姉と弟の若い肉体。居間の白黒テレビの画面にも同じく踊る若者。1963年。ゴーゴーというのか、ツイストというのか。響く音楽は邦楽にしてパンクないしはジャズ風。こうした動きと不安定こそ川島雄三の本領なのだろうか。

この団地はエレベーターがないらしく、それゆえに階段のちょっとした登り降りもシーンの造形に貢献するのだが、それよりなにより当時の住宅事情として団地の最大の特徴は、地上からの高低差だろう。ベランダから見下ろした小さな公園のブランコ。そのわきの車に今いとまを告げた若尾らが乗り込む。

考えてみれば、その団地の高低差こそが、変転していく騒動のクライマックスを演出するのだった。ここでカメラはようやく外に出る。雨と泥のイメージにまみれた晴海団地の全景がラストカット。


『しとやかな獣』は、以前ブログのコメントで推薦してもらい、ずっと見たかったが、ようやくレンタルDVDが見つかって初鑑賞(ことし2度)。同じく『洲崎パラダイス赤信号』も今年初めて見た。ほか『愛のお荷物』『あした来る人』『風船』と今年見たはずで、私としては川島雄三イヤーになった。

『貸間あり』(同じく川島監督)も別の人に薦められているのだが、こちらはDVDが見当たらない。フランキー堺が主演とのことで、当然『幕末太陽傳』を思い出させる。フランキーは『愛のお荷物』でも強烈な個性がかいま見える。


さて川島雄三、これらのうち私としては『洲崎パラダイス赤信号』と『しとやかな獣』が最も好い。そして後者が室内にあえて限定して撮っているのに対し、前者は勝鬨橋とそこから洲崎弁天までのバス移動というロケ撮影で始まっている点で、一歩リードかも。いずれも次は劇場で見たい。


【訂正】『しとやかな獣』は1962年12月公開とのこと。キネマ旬報では1963年の第6位。


ちょっとリンクしておくと、一家の主の伊藤雄之助は、『椿三十郎』の城代で「乗った人より馬は丸顔」の人。なお『太陽を盗んだ男』で「陛下に会いたい」と言ってバスで皇居に突っ込もうとする元軍人もこの人。伊藤は『しとやかな獣』でも元軍人だが、ここでは敗戦直後の「貧乏だけは真っ平」と呟く。

さらに、かなり遠いところへもリンクしておくと、オキシモロンについて、かつて宇多田ヒカルが、周知の知識のようにして使っていて、けっこう驚いた記憶がある。今もブログが残っていた。

http://www.utadahikaru.jp/from-hikki-bn/both/1999/002108/index.php

ボブ・ディランが詩人であるように、宇多田ヒカルももちろん正真正銘の現代詩人なのだから、当然かもしれない。高学歴だし。作曲もするし歌唱も群を抜く詩人。