東京永久観光

【2019 輪廻転生】

★MとΣ/内村薫風


きょうは早朝から「MとΣ」という小説を読んでいる。新潮3月号。内村薫風という初めて聞く作家。小説の冒頭も早朝で、南アフリカ共和国ケープタウン郊外、刑務所に向かう道路から始まる。かと思えば、同じページの中で馬喰町にある社員が馬のごとくこき使われているとかいうブラック企業に転換。

けっこう長く生きてきた私が近ごろぼんやり思う最良の小説とは、「こんな小説こそ自分が書きたかった…(あるいは、これからでもいいから書きたい!)」と思わず口にするような小説なのかもしれない。まだ数ページだが、それに出会った予感。

初めての作家にこれほどの衝撃を受けたのは磯崎憲一郎青木淳悟以来か。文章の言葉が世界の今まさに開いてほしかったところを切り開く。言葉の意味も物量も物語の筋もいずれも最適なセンスで躍動しているように思われる。

オーバー気味なのは、この前から期待して読み進めている『リスボンへの夜行列車』との対比のせいかもしれない。『リスボン…』はなんというか、薄い、遠い、弱い、という気がして、いくらか物足りない・飽きてきたかんじが出ていたところに、こっちの「MとΣ」は濃い、近い、強い!


(読み終えた)そうだったのか… ネルソン・マンデラが釈放された1990年2月11日は、ドラゴンクエスト4の発売日であり、マイク・タイソンは東京ドームでKO負けした。そうだったのか…

その2年前の1988年、私は会社勤めをしていたが、春闘の時期で職場ごとにポスターを手作りするように言われ、マイク・タイソンの写真を大きくあしらい「人は金で働く」とだけ書いた。そこに組合が勝手に「春闘要求貫徹」の文字を入れたので、ちぇっと思った。――何を読んでも何かを思い出す。


「MとΣ」書き出しはこちら。
 http://www.shinchosha.co.jp/shincho/tachiyomi/20150206_2.html


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<感想追加>

強制的な有給休暇の日、語り手の内村はゲーム機を押入れから引っ張りだした。ドラクエで子どものころ遊んだことを思い出している。みんながんばれという戦いのモードがあるという。

《――みんながんばれ。
 内村は心の中でそこの言葉を唱えてしまう。なんという大ざっぱで、無責任な支持なのか。うちの会社と同じだ、とまず思った。(略)
 それからふと、もしどこかに生物よりも高次の存在がいるのだとすれば、その者は、
――みんながんばれ。
 と上から声をかけているだけなのではないか。無責任なことこの上ないが、生存競争に勝ち、生き残るという意味で、たとえば生物の進化の仕組みを考えれば、正しい発破のかけ方かもしれぬ、と内村は感じた。》

このように、ドラクエの話がただちにブラック企業に転じ、そのまま生物進化の理論にも転じるところに、この作家に大きな共感を覚えるところがある。

そもそもこの話は、自殺した先輩(ハヤミ、なぜかカタカナ)が残した日記に語り手の名前(内村)が記されていたことがきっかけになる。いわば、残されたテキストの解明というテーマが大きく絡んでいる。そのテキストはまた、内村と先輩の隠されてきた関係を示唆し、なおかつ、内村が夜通し並んでようやく手に入れたドラクエをめぐる少年期の回想につながる。さらにそこには先輩の恋人だという謎の女(大きなホクロがほほにある)まで絡んでくるようだ。何度も挿入されるアフリカのマンデラの歴史と黒人解放グループの男たちの日々がどうつながるのかは、最後まで想像がつかない。それらが小説の深まりへの期待をかきたてた。

でも、もっともっと長い小説であってほしかった。