東京永久観光

【2019 輪廻転生】

風評が気にならないタイプ(私)


社会や政治の議論の多くは第一に感情に支えられて発生すると思う。不安や怒りなどの感情がまったくなければツイートもしないのではないか。人間だもの。

しかし、将来の人間社会は、感情をもたない人工知能的な思考や議論やツイートだけをするように変わるだろうか。それを「正しい思考や議論」と呼ぶべきか?

それにしても、起き抜けに何かツイートするとき、それが何かに動機づけられていることは間違いない。それは純粋な感情でも純粋な思考でもない、両方が入り混じった、もしかして夢の続きみたいなものかもしれないが、私の場合それは感情より思考過多のように思う。

しかし、ここで押さえておくべきは、感情にはクオリアが伴うが、思考にも実はクオリアが伴うのではないか、ということ。

そうすると、人工知能が感情をもたないとしたら、それはつまり人工知能にはクオリアがないという意味だ。ということは、人間がかりに感情なしの思考をするとしても、それは人工知能の思考とは異なる。

感情とは別の思考のクオリア(思考しているときに心や体に自覚される何か)というのは、あまり指摘されないと思うが、たしかに存在すると感じる。つまり、考えていて「気持ちいい」とか、議論していて「楽しい」というような状態。

受動的な感情には「気持ちわるい」とか「楽しくない」というクオリアの場合もあるが、自発的な思考や議論は、たいてい「気持ちいい」し「楽しい」というクオリオを伴う。私はそう思う。その思考や議論が、気持ちわるく楽しくなかったら、やめたほうが、人間は進化するのかもしれない。

なお「風評が気にならないタイプ(私)」というのは嘘だ。嘘をつくからこのツイッタラーは人工知能ではない。嘘をツイッタラー?


〈応答〉たぶんあらゆるモチベーションにはドパミンとかが絡むんでしょうね。たとえば三平方の定理が「わかった!」と思うときも、なにか脳内の物質が動いている。しかし、ドパミン自体は単純な物質でも、ニューロンの回路は複雑多彩で、そこでは感情と思考は異なる。ユリイカ回路?


 *


この話は、以下と関連。

http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20140511/p1
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20140525/p1