東京永久観光

【2019 輪廻転生】

2012年の読書記録 (2)

ミームというものがあるならば、しばしば一冊の本として伝わったり働いたりするようだ。そう思ってきた。揺れ動く私の考えや思いも、こうして本の名前にくるまれることで、やっとまとまりをもつ。ここに播いておけば、いつか芽を出し花も咲く。


量子力学は世界を記述できるか/佐藤文隆
 量子力学は世界を記述できるか
同じ著者の『量子力学イデオロギー』を読んだのは1998年。14年もたって私の仕事や生活はかなり変わった。その間、心がひどく潰れたり噴き上がったりすることも何度かあったはずだが、そんなことはほとんど忘れ去った。ところが、量子力学の不可思議さに揺り動かされた私の心だけは、歳月を重ねても本当に変わらない。この本を読んでそれを知った。そしてその不可思議さが「情報」というキーワードをめぐっていることに、今回は特に気づかされている。粒子か波動かの問いは、この世に実在するのは物質なのか情報なのかという奇妙な問いを呼び寄せる。えっ? この世に実在するのは情報? そんな馬鹿な… でもそんな馬鹿なことがありえる気がしてくるのだ。
◎過去の感想 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20121022/p1
量子力学イデオロギー 増補新版 asin:4791766113


★量子が変える情報の宇宙/ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー
 量子が変える情報の宇宙
上記からの流れで見つけた一冊。ズバリ情報とは何かをたとえば次のように見つめ直す。
《情報は、物質的存在と抽象的存在、そして現実の世界と観念の世界とを仲立ちしている》(p.39)
波動関数が原子を忠実に表現したものでないとしたら、それは一体何ものなのだろうか? さまざまな実験によって、位置、速度、エネルギーレベル、磁気的効果といった、電子の持ついくつもの性質を測定できる。これら全ての性質は波動関数から予測できるため、波動関数は、可能性を記した地図や一覧表のような情報を、数学的に簡潔にコード化したものとしての役目を果たすのである。波動関数が、正しい予測をする上で必要となる情報の貯蔵庫でしかないとしたら、実は世界は、まさに情報でできていると言えるのかもしれない》(p.66)
この問いはプロローグにある次の引用から始まる。
「全てのIT、すなわち全ての粒子、全ての力場、全ての時空連続体は、その機能、その意味、その存在自体を導くうえで、場合によっては間接的であれ、イエスかノーかの質問に対して装置がはじき出す答え、二者択一、BITをもとにする」
ジョン・ホイーラーという人の言。この人のこの考えは、以前紹介した『幸運な宇宙』(ポール・デイヴィス)でも最重要の参照項になっている。『幸運な宇宙』は、宇宙の正体が物質ではなく情報であるならば、宇宙が存在していることと人間が思考していることとは不可分のことになりうる、みたいなことを主張している。
……実は よく理解しないで書いている。それは問題だが、これがすっかり理解できて書いているなら、それはもっと問題だ。

◎『幸運な宇宙』については http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20091107/p1


進化言語学の構築 新しい人間科学を目指して/藤田耕司、岡ノ谷一夫
 進化言語学の構築ー新しい人間科学を目指して
ひとのことばの起源と進化/池内正幸
 ひとのことばの起源と進化 (開拓社言語・文化選書)
量子力学に今さら引き込まれたが、ここ数年の関心の中心はやっぱりこのようなところにある。その後、内容について書いた(→http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20130303/p1


記号と再帰田中久美子
 記号と再帰: 記号論の形式・プログラムの必然
人の言語は「再帰」という特性がきわめて重要とされ、その核心を知るのにこの本は有益かと期待するのだが、私にはいまだ内容が理解できず、残念。
http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120930/p1


逆光(上)/トマス・ピンチョン
 逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説)
今年後半はこの1冊も心の多くを占めていた。しかし度を超したスロー・リーダーぶりが自分でおかしい。
◎過去の感想 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20121005/p1
       http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20121007/p1
       http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20121119/p1
       http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20121201/p1


物語/北野武
 物語
北野映画のDVDをいくつか見直したタイミングだったので、種明かしとしてじつに面白く読んだ。なぜあのような映画にしたのか。いかにすればあのような映画になるのか。そうした動機や方法をこの人は常にあっけらかんと明かしてくれる。創作者には珍しいとおもう。しかもそれはだれでもすぐにうなずけるレベルだ。要するに北野武はとても素朴なところで映画を作っている。それでいて彼が世界的にも希有な監督とされるのは、いったいどういうことか。それは、映画とは何かの答が、軽く答えられるものではないにしろ、一般人には手が届かないというわけでもないことを示しているのだろう。ところで、こうした仕事(インタビュー)ではロッキングオンは比類なく優れている。
以下ほんの少し引用。
《で、ウケだしてくると、客が自分を追い越しそうになるんだよ。だから徹底的に逃げ回らなきゃいけねえっていうか、リードしなきゃいけないんで。そのへんなんかね、芸術みたいなのを意識しだしたっていうかね。表現とかね。感覚的にだけど》
《あとは、まあ……やっぱり、芸人の、お笑いの奴の自虐なんじゃないの? たぶん、役者に憧れて、役者になって、ある程度売れた奴が自分で映画撮ったら、こういう映画は撮らないよね。すごいヒーローものになって、すごいかっこよくやるんじゃないのかな。でもやっぱり、お笑い出身ってのは、そういうのが嫌いっていうか。かなり自虐的なところからスタートしてるんで、こっちに行っちゃうんじゃねえかね。ヒーローものがかっこいいとか、全然思わないしね。下手すっと、マヌケに死んでいく奴のほうがかっこいいと思う》(自分で演じる役がヒーローではないことをめぐって)
北野映画の感想 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20121023/p1


悪人/吉田修一
 悪人(上) (朝日文庫)
映画『悪人』をみて、この男女の心情にもっと浸りたいと思って読んだが、その目的にかなう小説だった。九州の地方都市を舞台に若く さえない男女の実相、生活の密やかな実相が淡々と描かれる。こうした写実的な描写で深みをのぞかせる書き手としてこそ、吉田修一は刮目すべき人なのではないか。むかし、芥川賞をとった「パーク・ライフ」を読んだときは、いかにも当世風にふわふわしただけの甲斐のない小説だと私は思った。
◎映画『悪人』感想 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20110610/p1


中東新秩序の形成 「アラブの春」を超えて/山内昌之
 中東 新秩序の形成 「アラブの春」を超えて (NHKブックス)
ニュースで「アラブの春」が報じられてもあまりピンと来ないのは、そもそもアラブや中東をよく知らないからだろう。基本情報は常備しておきたいと思い直す。ちなみに、彼らのほうは日本と聞いてそれなりにピンと来るのではないか(そうでもないか)


日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門/藤沢数希
 日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門
なぜ投資のプロはサルに負けるのか?/藤沢数希
 なぜ投資のプロはサルに負けるのか?― あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方
マクロ経済や国際経済の解説本を少しは読んできたけれど、きわめてさっくりムダなく説明してくれる人だと感じた。経済の基本がこれほど単純なら、今までの本でその理解を妨げているのは何なのだろう。


忘却の河/福永武彦(再読)   
 忘却の河 (新潮文庫)
ふと思い出し急に読みたくなってぱらぱらと再読。懐かしいという以上に、今や誰も話題にしない作家であるがゆえに、あまりにも新鮮な体験だった。


この国で死ぬということ(文藝春秋別冊 2011冬)
 文藝春秋 SPECIAL (スペシャル) 2011年 01月号 [雑誌]
これはたしか2010年冬の出版で、つまり震災より前に読んで、中川恵一氏の言葉に私は最も共感した。それとはまったく関係ないが、のちに中川氏は放射線に関する発言をめぐって非難された。そのとき私はこの本を思い出した。

なお、中川氏著の『ビジュアル版 がんの教科書』(asin:4385362408)という本も、一般人ががん全体を知るのにとても重宝する一冊。しかも、がんと生死とのかかわりをどう受けとめたらいいか、その土台が垣間見えるような本だったと記憶する。

ちなみに → http://www.gsic.jp/support/sp_02/dscstn/index.html(がん徹底討論 中川恵一☓立花隆


=以下はすでに記した本=

★はやくはやくっていわないで/益田ミリ, 平澤一平
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120426/p1

★カオスの紡ぐ夢の中で/金子邦彦
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120415/p1

★ポスト・ヒューマン誕生
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120416/p1

★記憶する道具/美崎薫
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120428/p1

★死んでも何も残さない/中原昌也
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120531/p1

★天才! 成功する人々の法則/マルコム・グラッドウェル
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120605/p2

★絶望の国の幸福な若者たち/古市憲寿
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120616/p1

★数とは何か そしてまた何であったか/足立恒雄
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120623/p1

★数学者の哲学・哲学者の数学/砂田利一、長岡亮介野家啓一
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120622/p1

★続 あさま山荘1972/坂口弘
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120708/p1

★舞踏会へ向かう三人の農夫/リチャード・パワーズ(再読)
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120820/p1

ニートの歩き方/pha
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120909/p1

小津安二郎 新発見
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20121023/p1

★私のいない高校/青木淳悟
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120711/p1


=以下は書名のみ(そのうち感想を)=

★生命の未来を変えた男 山中伸弥・ips細胞革命
★マンガ学―マンガによるマンガのためのマンガ理論
★ネットと愛国−在特会の「闇」を追いかけて
★100のモノが語る世界の歴史 2 帝国の興亡
★戦略系コンサルタントロジカルシンキング・リーディング
★パーマネント野ばら
★すごい実験−高校生にもわかる素粒子物理の最前線
★中国の真髄
★カラーでよみがえるにっぽん60年前
★知的生産の技術
慰安婦問題とは何だったのか
安楽死のできる国
つげ義春漫画術(下)
漫画ノート
キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011
パワーズ・ブック(再読)
赤毛のレドメイン家(再読)


=以下は手にしたがほとんど読まず=
★民主主義がアフリカ経済を殺す
国際貢献のウソ
イスラームから見た「世界史」
毛沢東の大飢饉
小津安二郎の反映画
★面白いほど宇宙がわかる15の言の葉
★ツーリズムとポストモダン社会−後期近代における観光の両義性
チベットの歴史と宗教−チベット中学校歴史宗教教科書
 チベットの論理学がおもしろかった(そこをぱらっと読んだだけ)


さてしかし、印刷された書物が知識や情報の主として君臨してきた長い時代も、いよいよ本当に終わるのかもしれない。それはつまりミームの単位が変わることなのだと思う。


◎これ以前 → 読書記録2012年 (1) http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20120331/p1

◎これ以後 → 読書記録2013年 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20131217/p1