http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20091031#p1からの続き
では人間原理について整理しよう。
宇宙の根拠を説明するのに人間を持ち出すのが人間原理だ。つまるところ「人間がいるから宇宙がこうなっている」と。この発想は曲者で どこか騙されている気分になる。おそらく、人間原理には「それは言うまでもないでしょ」という理屈と「それは言えるわけないでしょ」という理屈とが混在しているせいだ。それぞれ「弱い人間原理」「強い人間原理」と呼ばれているものがそれに当たる。
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弱い人間原理は、誰かが宇宙を眺め宇宙とは何かと問いかけているとき、その宇宙はその誰かを生み出すような性質の宇宙でなければならない、というもの。初めて聞いたとき私は盲点を突かれたようで深くうなずいたものの、いつしかそれは当たり前かなと思うようになった。ただし、私たちの宇宙以外に生物を生み出さないような宇宙が無数にあるとする多宇宙の理論が絵空事でないならば、弱い人間原理がにわかに現実味を帯びてくるということのほうが、重大だ。
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一方の「強い人間原理」とは何か。さまざまな言い方はあるが、「この宇宙は人間を生み出すように出来ていた」というのがポイントだろう。
ポール・デイヴィスは以下のように書いている。
《おおざっぱに言って、強い人間原理は、宇宙はその発展のどこかの段階で観察者を必ずうみださねばならないとする。言い換えれば、物理法則と宇宙の進化は、まだ特定されていない何らかの方法で、生物と心を生み出すように運命づけられている、ということだ》
さらに他の科学者の言を引用する。
「広大な宇宙に目を向け、わたしたちの利益になるように協同して働いた、物理学や天文学のさまざまな偶然を見出すと、宇宙は、ある意味、わたしたちがやってくることを知っていたのではないかと思える」（フリーマン・ダイソン）
「言ってみれば、宇宙の始まりそのもののなかに、必然的に知性を生み出す種が播かれているのだ」（サイモン・コンウェイ・モリス）
宇宙は「生命を孕んでいる」。生物は「宇宙の必然」（クリスチャン・ド・デューブ）
このほか、地球外知性の探査活動であるSETIも、《生物は単に無秩序な自然の副産物ではなく、宇宙の営みの本質的な一部なのだという考え方》に支えられているという。
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これらを読むとどうだろう。「強い人間原理」のほうはさすがに眉唾だと感じる人が多いのではないか。
しかし―― 『幸運な宇宙』は、私たちの宇宙に関する事実を詳しく示したうえで、それが星々や生物の出現にみごとに適しているのは何故かと問いかけ、その解答の試みをいくつか紹介している本だ。そして最後にポール・デイヴィス自身が静かにしかし粘り強く語っていく解答こそ、まさに「強い人間原理」に立脚したものなのだ。
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実際にポール・デイヴィスがどう語っているのか、この際ちゃんと記しておきたい。ポイントは３つほどある。＝予告編＝
(1) 強い人間原理（＝この宇宙は人間を生み出すように出来ていた）を拒否したくなるのはもっともで、それは理性の基盤を大きく破ろうとするせいだ。一つは「宇宙がなんらかの目的をもって造られたと信じるわけにはいかない」というもの。もう一つは「現在の人間が宇宙のはじまりに時間をさかのぼって作用するはずがない」というもの。ところが著者は、同じ理性の次元でそこをなんとか説得しようとする。それは明らかに離れ業というべき説で、理解はなかなか難しい。
(2) ポール・デイヴィスは、「生物があること」は、「重力があること」や「電子やクォークがあること」や「時間や空間があること」と同様に、宇宙の根幹を担っていると確信している。そうなると、生物を除いた宇宙論をいくら精緻にしたところで、宇宙の本質は明らかにできない、という気持ちになるのだろう。このことは、永井均の言う〈私〉というフィルターを除いてしまったら、いくら哲学しようが世界の痒いところには手が届かない、ということに似ているかもしれない。
(3) ポール・デイヴィスは、「生物があること」にとどまらず、その生物が「宇宙を観測し宇宙を理解すらしている」ことを一層重視している。言ってみれば、「なにかを知るという有りようのなかにこそ、宇宙の成立も宇宙の根拠もある」といった道筋だと思われる。なおさら理解は難しい。しかしここに至って私は、初めて著者の思いに強く共感できたように思っている。著者はとりわけ「宇宙が数学によって記述・理解できる不思議」をあげている。この本の最深部は実はこの辺なのではないか。そして私はここに次の一節を加えたいと思わずにはいられなかった。「世界が言語によって記述・理解できることの不思議」と。
…ではまた明日。
★ポール・デイヴィス『幸運な宇宙』（asin:4822283518）
