東京永久観光

【2019 輪廻転生】

青年の夏休みに読んでもよかった昔を惜しみつつ



図書館で『赤と黒』がふと目にはいった。野崎歓の新訳(光文社文庫)。冒頭を読むと面白そうで、借りてきた。物語の中にすいすい入り込んでしまう。舞台である19世紀フランスの田舎社会に。そして主人公ジュリアン・ソレルの心情に。

こういう時代の小説は概して、描き方が素直で丁寧だと思う。こんなに長く書いたら読者の気が散ってテレビやネットに逃げられやしないか、などという心配が要らないせいだろう。同じテーマの小説がもうあまりに多数書かれてきたじゃないか、という状況にもないせいだろう。

フランス革命からナポレオンそしてまた王政と、この国はめまぐるしくも誇らしく揺れた。世界史として極東の私たちをふくめて誰もが学ばされる一時期。そのへんのことをちゃんと知りたくなって、家にある高校の世界史教科書(山川出版)を開いたりもする。だが教科書にはほんとにアウトラインしか記されていないのだった。

貧しい木こり(*製材業の間違いでした)の息子ジュリアンは、立身出世を夢みながら、ナポレオンの『セント=ヘレナ日記』をむさぼり読む。ジュリアンを家庭教師として雇い入れた金満市長のレナールは、貴族社会の維持を望み自由主義者がのさばるのを憂えている。

過ぎ去った世紀の遠く離れたヨーロッパで、人々は実際に何を好み何を求め何に苦しんだのか。そんなことが初めて具体的に徐々にイメージされてくる。それこそ教科書にしか載っていない歴史なのに、その時にも今の私と同じように今を生きている人たちが本当にいたのだ。当たり前のことが妙に不思議。そんなじつに単純な楽しみとして、古い時代の長編小説ほど適格で素晴らしいものはないのではないか。

近代小説が誕生し各国で大長編がゴロゴロ生まれた19世紀。フランスのものでは『ボヴァリー夫人』などを以前読んだ。まあこんな世界名作文学はたいていみんな青年期、そうジュリアンくらいの年齢で夏休みなどに読むのだろう。今さら初読とは情けない。でも楽しみがこれから盛り沢山なのだと思えばよい。

赤と黒スタンダール光文社古典新訳文庫asin:4334751377