東京永久観光

【2019 輪廻転生】

Can't Lecture Me Love


この前、マイルスの「モード奏法」をめぐり菊地成孔の名を出したが、この破格の音楽人は、東大教養学部で近現代の音楽史を講じたことでも知られている(大谷能生と2人で)。聴衆を熱狂させたというその講義内容は以下の3冊にまとめられている。


憂鬱と官能を教えた学校 asin:4309267807
東京大学アルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編 asin:4944124198
東京大学アルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・キーワード編 asin:4944124201


このうち『キーワード編』を手にした。

第1章のキーワードは「ブルース」。教室での録音をまるまる書き写したかといった長々しい2段組の文章は、しかしその喋り風のノリに身を任せればぐんぐん進んでいける。そしてほんの数十分後、何の前知識もなかった私が、驚くべきことに、「ブルースとは何か」がわかってしまった

西洋クラシック音楽は、長調短調の区分やコードによる進行という合理性と操作性に富んだ法則によって音楽を隙もなく手なずけた。それは現在に至っても、ポピュラーを含めた音楽理論のスタンダードとして普及している。そうしたクラシック脳で固まってきた我々の頭を、20世紀初頭にガツンと殴りつけ いったんぐしゃぐしゃにしたのがブルースだった。

…と、私がまとめ直しても仕方ないのだが。

なにかを話してひとに伝えるために大学の講義というものはあり、そのために多くの教師は様々に頑張るのだろう。それなのに、菊地らの弁舌だけがこうも鮮やかな成果を上げるのだとしたら、それは一体何故? ――まだよく分からない。ただ、教室に招いたゲスト講師の人選に絡めて以下のことを前書きで述べているのは、まことに興味深い。

前期から一環して留意している点、即ち、アカデミズム方面からのインターテクスチュアリティ(これがどれほどラクチンでペダンチックかつ、殆ど強度を持たないことかは、それこそ歴史が証明している。エリック・ドルフィーについて生成言語の書物を引くことの妥当性は、ドルフィーのレコードに金箔を貼りっぱなしにしたままただ持っている。といった程度の営為に等しい)を極力廃し、平明かつ経験則的(大谷も僕もジャズ・ミュージックのクリエイターであり、ここで話したことは、全て互いの創作過程に畳み込まれていることばかりだ)な言葉遣いによってことに当たる。ということをゲスト講師たちが全員遵守したことは、我々のリクエストによるものではない。人選と依頼、そして尊敬以外、我々が彼等にしたことは一切ない

さて本題のブルースだが、語源は「blue devils=憂鬱」だという。上に挙げた最初の著書名もそこから来ているのだろう。ただしブルースは、要するに、長調短調か区分できない、言い換えれば、明暗や楽しいか悲しいかの気分が混在し融合するところに神髄のひとつがある。それを踏まえ、2人は次のように最初の講義を締めくくる。ここも本当にうきうきする指摘だとおもい、私は溜息が出た。

現在はさ、社会問題になるほど鬱病が流行っている。鬱病大国の日本ですけど(笑)、鬱という状態は躁という状態によっては救われないということはもうはっきりしているわけですよね。ブルースっていうのは躁鬱的なやり方とはまた違ったスタイルで不条理な現実にアジャスト&アゲインストするための哲学でもあって、そういう意味ではブルースっていうのはジャズやロックっていう音楽よりも更に長い射程を持った、これからもそのパワーを我々が参考にすることができる大きな音楽なんじゃないかな、と思っています。=後略=》

なお、この講義はブルースの音源を聴かせながら進行したようで、同書にもそれらの曲名が記されている。この前のエントリーで、私はモード手法の説明(メタ情報)ばかり読んで、そもそもモード手法の正体(それ自体の情報)を知らなかったという反省についても書いた。不思議だが、菊地の講義はその音源なしでもとりあえず肝を伝えてしまうわけで、そこにこそ凡百の説明とは違うものがあると言える。とはいえ、「メタ情報の渦に陥る」という過ちを再び犯すことなかれ(それはインターテクスチュアリティの渦でもあろう)。これからブルースの正体(要するに曲自体)のほうもちゃんと聴いていきたい。

今の時代は、有り難いことにYouTubeという途方もない音源倉庫がある。たとえば:


Son House/My Black Mama (Part 1)
 http://www.youtube.com/watch?v=jnsd8_FF76Q


ちなみに、この東大ジャズ講義による「ブルースとは何か」は、じつは「ビートルズとは何か」と根幹において一致する。私は間違いなくそう思った。その「ビートルズとは何か」を私に一挙につかませてくれたのも一冊の本だった。

ビートルズのつくり方/山下邦彦 asin:4872331788

大昔フォークソングなどからギターを始めた凡庸な少年が、コードの弾き語りとか得意になってやっているうちに、ビートルズに遭遇する。すると必ずや首をひねることになる。たとえば「キャント・バイ・ミー・ラブ」。……え、いきなりC7? そのあとF7? ……どういうこと? C調だったはずなのに。(楽譜をしげしげ眺め)……あれそういえばミが♭してる。シにも♭。なんだこりゃ? ……でもたしかにそう歌いたくなるよな……

「少年よ、それがブルースだ」


http://www.youtube.com/watch?v=SMwZsFKIXa8


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◎前のエントリーとは:http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20090312#p1

◎『ビートルズのつくり方』について、ほんのちょっとだけ http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20060317#p1