東京永久観光

【2019 輪廻転生】

強風波浪生活破綻注意報

以前一緒に仕事をした先輩お二方と7、8年ぶりで会い、飲みにいった。もう50代半ばになっていたが、私も同じだけ年をとるので時の流れを感じることもなく、むしろ服装や物腰がちっとも変わらないのが面白かった。ところが驚いたことに、典型的ヘビースモーカーだった両人のどちらもが、ビールを飲み始めていつまでたってもタバコを手にしない。聞いてみると、一人は心臓を、一人は脳梗塞を患ったという。それぞれ「タバコ吸ってもいいけど死にますよ」「あなたほど血圧の高い人は見たことがない。すぐ入院を」と言われたそうだ。

病気を招く因子は様々あるが、害がこれほど鮮明でかつこれほど独立して除去しやすくなりうるものといったら、唯一タバコなのかもしれない。

話はやや移って。「下流社会」のネーミングで知られる三浦展が、近ごろは貧困者に肥満が目立つということを書いていた。バカ高い給料で経済太りをしている者が、体も太り血圧やコレステロールもバカ高いのかというと、今はそうではない。その短い記事では、格差社会の底辺層における食生活の壊れっぷりを指摘する。要するに、この連中ときたら健康や栄養に関する知識もなければ意欲もない、それゆえ肥満になるのだ、と言いたげだった。

しかし待て! 肥満が知識や意欲の欠如に起因するなら、その知識や意欲の欠如はまさに格差や貧困すなわち「お金の欠如」に起因するだろう。(それは下流なら自明なので書かなかったのかもしれないが)

雑誌はプレジデント。「金持ち家族、貧乏家族」という楽しげな特集。カレー屋でメインの記事をちらっと眺めたところ、一家の年収が3000万・1500万・500万・400万 等それぞれで、金銭感覚や生活水準がいかに異なるものかをあらわにしている。(http://www.president.co.jp/pre/backnumber/2008/20080630/

貧乏家族としては公団住宅に住む子沢山で低賃金の一家の困窮ぶりなどが紹介されている。そして、もしあなたがたの年収が今これくらいで生活がこれくらいなら、○年後に間違いなく破綻するでしょうと警告するのだった。

まあそれもそのとおりの計算なのだろう。しかし再び待て! 格差や貧困による苦しみをまるで天災かのように言うなら、それはちょっとおかしいだろう。生活破綻がじわじわ近づいてくるのを、我々は台風情報を眺めるように待つしかないのか。

そんなことはない。お金さえもらえれば解決するのが、とりもなおさず格差や貧困だ。

健康を望むならタバコをやめるのが有効なように、幸福を望むならお金をもらうのが有効だ。もちろん、お金がもらえれば必ず幸福になるとはかぎらないが、それはタバコをやめれば必ず健康になるとはかぎらないのと同じ。しかしだからといって、比類なく本質的な賃金格差の問題をあいまいにしてしまうのは、喫煙の問題をあいまいにするのと同じく、明らかにインチキだ。

ただしその一方、タバコだってそう簡単にはやめられないとも言える。同じく、格差や貧困をなくすために賃金や福祉を手厚くするのもそう簡単ではないのかもしれない。しかし、少なくともかの二人がタバコをやめるなどということは実現した。それはもうチャールトン・ヘストンが鉄砲を撃つのをやめるに等しい困難な道のりだったにちがいない。それならば、単に格差と貧困を増やす仕組みをやめることや、単にお金をもっと貧困層にまわすことは、本当にできないのか? 本当に世の中はそれほどまでに複雑なのか? タバコのように独立して明白な手を打つことが、本当にできないのか?