東京永久観光

【2019 輪廻転生】

5月の遠足


寒く長い冬とすぐ蒸し暑くなる夏のあいだに5月があって本当にありがたい。連休中は江の島に行った。

東京にいると、電車の日帰りで行ける場所というのがけっこうある。そのぶん前もって計画を立てるということがなく、よし行こうと思い立つのは、たいてい休みの当日になってからだ。ゆっくり起きてちょっとぐずぐずしていれば、すぐに日は高くなり、へたをするともう傾いている。だから結局いつもどこへも行かない。

それでもその日は午後になって家を出た。

ちょっと前 京浜急行で羽田に行ったとき、品川駅のホームに三浦半島を描いた沿線地図のチラシがあった。そうかこの電車はそんな所まで通じているのか。そういえば横須賀とか三浦岬とかたしか大昔行ったことがあったような、なかったような……。でももう何も覚えていない。今の私にはまるで夢でみた土地のよう。でもこの電車に乗りさえすれば、それはもちろん実在の町になる。

というわけで、品川から京浜急行の赤い車両に乗った。特急「三崎口」行き。停車駅は蒲田、川崎、横浜。そこを過ぎるとともう本当に外国みたいで、上大岡、金沢文庫

ところが内心 鎌倉にも行きたいと考えていた。車窓と地図をずっと見比べつつ最後まで迷い、結局、金沢八景から支線に乗り換えて新逗子へ向かった。

新逗子なんてもうすっかり辺鄙な駅で、PASMOを使えるのが生意気に感じられるほどだった。そこから鎌倉にはJRが通っている。でも大回りしてやってきたついでに、バスを使うことにした。家並みや丘の緑や海岸をかすめながらずいぶん時間をかけ、やっと鎌倉に到着。

しかし、連休中とあって人出はあまりに多く、訪ねるべきスポットも当然ながら数えきれない。それで気が滅入ってしまい、ただ江ノ電に乗ることにした。これがまたたいへんな混雑。稲村ヶ崎で降り、海岸を歩き、七里ヶ浜からまた江ノ電に。

日射しはもう西にあり、その逆光に「見えてきた」のは当然、江の島だ。ではなりゆきで行ってみるか。というか、江の島がなければ、そのままずるずる帰ってしまっていたかもしれない。阿房列車内田百間)になるところだった。

駅から江の島への一本路を人がぞろぞろ歩いている。そこを抜けるとこんどは巨大な橋が海に向かって架かり、江の島はその先にある。

そもそも江の島は初めてだ。これほど大きくしかもこれほど観光地化された島だとも、まったく知らなかった。

橋を渡っていくと、街にあるようなビルとともに島が正面に迫ってくる。島に上がれば土産物屋が軒先を並べている。ことごとく「生しらす」という看板を掲げていたので、勢いに負けて食してみた(味は……人それぞれ)。古風な旅館もある。その奥は神社の区域となり、参道がどんどん高いところ高いところへと誘う。エスカーというのがあるらしい。ケーブルカーみたいなものだろうか。それともタワーに登る設備をそう言うのか。それにしては表示してある料金が安い。……と思っていたら、エスカーとはなんとエスカレーターのことだった! 島の斜面にまるで田舎のデパートみたいな風情でエスカレーターが動いているのだ。

エスカーは遠慮したが、やがて見晴らしの良いところに出たので、腰を下ろしてひと休み。真っ赤な夕日が海に沈んでいくところだった。その先は下りの路だがまだ長く、茶店が席からの眺めを競いつつ並んでいる。どんどん進むと、岩盤がテラスのように海に張り出したところに行き着いた。老夫婦がやっている小さな店が一件、岩壁にへばりつくように建っていて、いいかんじだった。サザエかなにかの串焼きを買って食べる。そこから岩場を回れば島の入り口に通じるのかと期待したが、行き止まり。仕方なく、すっかり暗くなった同じ路をもう一度とぼとぼと戻った。

腹が空いたから、島の入り口のビルにある回転寿司屋に入った。ここも激しくにぎわっていた。連休で集まった地元の一族と思われる一団がわがもの顔でうろうろしていた。

観光の雑多煮ともいえる江の島だったが、ディズニーランドなどより意外性の多いテーマパークなのではないかとも思った。あるいは『千と千尋の神隠し』で、赤い橋を渡って訪ねるあの湯屋のような趣きも感じられなくもなかった。

というわけで、旅は下調べしないで行くにかぎるのだった。目的も終点も定めず。きっとそのほうが面白い。

ところで江の島は小田急線でも行くことができる。片瀬江ノ島だ。電車に表示された文字では知っている名前だが、事実としてその駅を体験することになるとは思わなかった。しかも、暗い海のそばに建つその駅は、まるで竜宮城のようで、それこそ夢かジョークかディズニーランドか千と千尋か浦島かと首をかしげたくなる眺めだだった。

帰りはその小田急で一路東京まで。疲れて眠ったらあっという間だった。