東京永久観光

【2019 輪廻転生】

熊本一時観光


仕事で熊本まで行ってきた。夕刻 羽田から飛行機に乗ったところ、熊本空港が雨で視界不良。40分ほど上空を旋回したあげく、夜の羽田に引き返した。こんなこともあるのだ。羽田から自宅へも引き返した(これがまたなかなか疲れる)。

翌朝早くもう一度家を出てもう一度羽田まで移動してこんどは一番の飛行機にもう一度乗りもう一度熊本へ。約束の相手とは1時間遅れで会うことができた。

なんというか、我々は大半の時間や労力をアクセスのためだけに費やしていると改めて思う。ネットなどもアクセスに次ぐアクセスでありコンテンツは案外読まなかったりする。

ただそのアクセス自体を楽しめると旅は真に楽しくなるのかもしれないが。

飛行機も飛んでる時間はたしかに短いが、前後の時間が長い。たどる手順も多い。航空会社はスカイネットアジア航空(SNA)で、その受付カウンターがまた、羽田のだだっ広いロビーをどこまで歩いても表示が無くてひょっとして存在しないのではないかと心配になるほど最果てにあった。

そのSNAは、シートに座ると機内アナウンスが妙にフレンドリーで面白かった。客室乗務員を通路に立たせ、人となりをコメントしたりするのだ。「○○さんは地元熊本の出身。入社×年目。趣味は貯金。両親のためにとコツコツ貯めてきたのですが、近ごろおのれの欲望に目覚めたようで、明日からなんと1人で海外旅行に行く予定です!」なんてことを言われるのを、○○さんは心持ちうつむいて聞いている。しかしその便は熊本に降りず東京に戻ってしまったのだから、彼女の海外旅行はどうなったのだろう。

操縦士についてもコメントする。機長は意外にもタイ人だった。安全第一で知られるオーストラリアの航空会社からの転身だという。熊本に降りない決断がアナウンスされたときも、「安全第一の機長の判断をどうか尊重してくださいと」やけに強調していた。

さて、翌日の熊本はうってかわって晴天。

仕事をすませたあと、路面電車が走っているというので乗ってみた。平日の昼間なのにけっこう混雑。若者もお年寄りもサラリーマンもいる。市街地をのんびりしたペースで進むと、やがて熊本城がどどーんと見えてきた。私は九州自体が初めてで、クマモトといったってウランバートルと同じくらい何にも知らない。だから気分は海外とそれほどは変わらない。言葉も風景も少なくとも東京とは違っている。最近熊本では「太平燕タイピーエン)」という鶏ガラスープの春雨麺が名物です、中心街の阪神デパートの上階にある中華料理店でも食べられますというので、そのとおりに行ってみた。花粉症の悲しさで「きわめて淡泊な味」としか報告できないのがもどかしい。勘定を払うときレジには落ち着いた実年男性がひとり。着ているカーディガンとネクタイの柄が今食べていた太平燕の盛りにも似た賑やかさを醸しており、しげしげと眺めてしまった。

空港行きのバスの時間まで、荷物をコインロッカーに預け、熊本城を見に行った。いかなる町であっても古城などというものがあればすべからく名所であり、旅人は必ずやそこを訪れねばならないとされている。

広大な敷地を有する熊本城はちょうど築城400年という。しかし天守閣は西南の役のときに消失したそうだ。西南の役か。近代日本のこの内戦を私は初めてちょっと事実として実感できたかもしれない。セーラー服姿の女子高生が修学旅行かなにかで来ていた。旗を持ったガイドと険しい表情の教師に前後を挟まれクラス単位で天守閣までぞろぞろと進んでいく。韓国や中国からの団体客も目立った。ある門には槍を持った侍の等身大人形が立っている。へ〜と思って近づくと、動くので驚いた。人形ではなく人間だった。バッキンガム宮殿の近衛兵を笑う人はいないのだろうが、熊本城の不動の侍はなんともいえず可笑しい。不公平だ。3層5階もある巨大なやぐら(宇土櫓)が残っており重要文化財に指定されている。最上階に登ると、建築関係らしき若者2名がおり、研修かなにかで来てみたが思うように目的を達せられなかった様子で、「これじゃただの観光旅行だね」とつぶやいている。ただの観光旅行ほど面白いものはないのに!

旅は楽し(仕事がなきゃもっと)。