東京永久観光

【2019 輪廻転生】

親譲りのピテカンで小供の時からカッコいい


宮沢章夫東京大学「80年代地下文化論」講義 』(asin:486191163X

80年代とは何だったのか。この問いがもし陳腐であり意味薄であるならば、「江戸時代とは」「応仁の乱とは」等々いかなる歴史語りもナンセンスになってしまう。だからもちろん80年代史というものは成立する。いや、たとえ80年代史なるものが成立しようがしまいが、私が自分の目と耳をもって生きていたこの時代をまとめてみるような作業を抜きにしては、私にはむしろ現代史も戦後史もまったく意味を為さない。

小林信彦の『うらなり』という小説が話題で、夏目漱石『坊ちゃん』をうらなり視点から語り直すといった趣向のようだ(未読)。それに倣えば、宮沢章夫東京大学「80年代地下文化論」講義 』は、大塚英志『「おたく」の精神史――一九八〇年代論』のうらなり版に当たると言えるだろう。いや、そうではない、『「おたく」の精神史』がうらなり版なのだ。ピテカン、ラジカル・ガジベリビンバ・システムYMOセゾングループ、WAVEなどを辿っていくこの書こそ、『正調80年代坊ちゃん』に違いない。

80年代はスカだった! このキャッチフレーズがあまりに鮮明だったせいか。はたまた、オタク系文化がかつてイスタンブールキリスト教会の壁画をイスラム幾何学模様が塗りつぶしていったかのごとく日本の世相を瞬く間に覆ってしまったせいか。とにかく、実感としてはメインストリームだったはずの80年代文化史がそのまま肯定的に実証的に語られることは、なぜかこれまであまりなかった気がする。

そこをけっこう素朴に、立場もはっきりさせつつ(オタク的なものからは距離を保って)宮沢章夫が80年代を振り返る。読んでしばらく経っておりメモもほとんどないので私の印象に残ったかぎりだが、宮沢さんはなにより「保守性」ということを批判しようとしている。そして、表現ということの神髄や楽しさからみたら、90年代以降の日本の世情ないしは六本木ヒルズに象徴されるようなビジネスファーストの価値観などお話になりませんよ(引用ではない)といった確信を、すがすがしくも宣言しているように思われた。そして、その六本木ヒルズ系をどこかで基礎づけているのがオタク系だみたいなことも考察しているようだった。

ところで、80年代に文化的な仕事の中核を担ったのは団塊の世代(当時30代)だろう。糸井重里村上春樹ビートたけしといった人物もみなそうだ。60年代、70年代の社会闘争を脱した流れがそのまま80年代の空気を作ったみたいな分析はよくあるが、実際 説得力がある。

かたや、その80年代が「スカだった!」というのは大月隆寛の言葉だったらしい(http://members.at.infoseek.co.jp/toumyoujisourin/jiten-ootuki.htm)。となると、80年代批判は、一世代あとのいわゆる新人類世代によるものということになるか。大塚英志もまた大月と同世代であり、宮沢章夫が逡巡しながらも強く支持する「かっこいい80年代」に、ルサンチマンを感じて著したのが『おたくの精神史』だったという図式。したがって、80年代批判とは世代論争なのだとも言えそうだ。(ただし、宮沢自身は大月や大塚とそう年齢が離れてはいないので、ちょいと複雑だが)

これに絡んでさらに考える。90年代になって創刊された『宝島30』は、旧弊左翼への批判という点で画期的な雑誌だったと私は思うが、その主要な書き手にたとえば浅羽通明がいて、その人脈に大月隆寛も位置づけられている。だから、なんというか、80年代の肯定否定をめぐる論争は、どうやら現在の左翼右翼思考の対立にも繋がってくる。

そしてもうひとつ、80年代に欠かせないキーワードといえば、ニューアカデミズムでありポストモダンだろう。そのポストモダンが90年代に入っていわば馬脚を現す形になったのが、ソーカル事件http://ja.wikipedia.org/wiki/ソーカル事件)だろう。ここには、ガチガチの人文主義の衰退とそれに代わるガチガチの科学主義の隆盛、という流れが感じられる。この自然科学ファーストのムードは、なぜか、先に述べたビジネスファースト(というか市場経済絶対主義というか)の信念ともずっと足並みを揃えているように見えるところが、私にはとても面白い。

まあそういうわけで、90年代以降のオタク開花、新しい教科書などの大衆運動、反ポストモダンの科学主義、小泉改革新自由主義の経済などなど、そういったあらゆる潮流に、どうも文化系左翼(あるいは左翼系文化というか)はずっと押されっぱなしだったのかなあ、というふうに思えてくる。いま80年代がとても懐かしく麗しく感じられるのは、そうした時勢もあるのだろう。

話が飛んでしまった。『東京大学「80年代地下文化論」講義 』のメモ書きから、ほんの少し(正確な引用ではないので注意)。

80年代にはあらゆるものが記号化していった。そうすると記号化されたすべてが消費されジャンクになってしまう。そんなジャンクが堆積してしまった風景。僕もそのとき、おそらく80年代にルサンチマンを持った人々とまた別の意味での批評性を持って、80年代の記号のジャンクが堆積している風景を見ていた。その風景が、僕には「廃墟になった遊園地」に見えたんです。その廃墟になった遊園地をいかに再生するかを舞台にしたのが、『遊園地再生』という作品でした。だから、「80年代はスカだった」とあっさり切り捨てた人とは、あきらかにこの批評する視線はちがう。「再生」させようと思っていましたから。廃墟になった遊園地の再生です

ところでここで思ったのは、宮沢さんは、もともとあった遊園地をそのまま評価しているのか、遊園地の再生という行為を評価しようとしているのか、どっちなんだろうということだった。ちなみに、遊園地の廃墟というそれ自体もまた鑑賞のしがいのある存在だなあとも思った。

ともあれ、他にもいろいろ盛り込んで、80年代のある個人の回想としての、その文化論のさほど異色ではなくむしろ純真なたたき台としての、一冊。

*ほんのちょっと関係:http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20071110#p1