宮部みゆき責任編集『松本清張傑作短編コレクション』という文庫シリーズがある。そのうち正直「マイ・フェイバリット」を選びました という4作(上巻第2章)。「一年半待て」「地方紙を買う女」「理外の理」「削除の復元」。前2作をまず読んだ。確かに味わい深い。asin:4167106949
ミステリーを読むのは無性に楽しいがまったく時間の無駄だといった主旨のことを養老孟司が書いていたと記憶する。そのとおりとも思うが、しかし松本清張に代表されるいわゆる社会派の作品などは、そこに、ある時代の生の実相を感じ取れる有益さがあると強くおもう。
ネタバレ注意――― 「地方紙を買う女」の犯行動機のひとつに、兵隊にとられた夫がシベリア抑留されて帰って来ないというのがあった。この短編は昭和32年(1957年)に小説新潮に掲載されている。戦後12年。そのような傷跡はまだ生々しかったのだ。私は戦争を知らない。でも松本清張は知っている。小説新潮は今もある。何度か言っているが、私は20世紀の生まれ育ちであり、戦争を知っている父母や祖父母と同じ国の同じ歴史を共有しているのだ。そう自覚することが多い。「地方紙を買う女」を読み、シベリア抑留もまた他でもない私の歴史なのだと初めて感じられた。
『火車』『模倣犯』など宮部ミステリーも、やがてそうした歴史的懐古的価値を持つようになるだろう。この将来の暗そうな我が国における長生きの楽しみといったら、そういうことくらいだったりして。