東京永久観光

【2019 輪廻転生】

林屋三昧


私の家主さんはヨガを教えておられる高齢の女性で、ゴールデンウイークはたいていインドに行く。ところが今年は「ちょっと別のことをします。でも何をするかは内緒」とニコニコしていた。先日お会いしたら、鎌倉で座禅してきたとおっしゃる。なんとなく予想どおりだったが、実はそれは2日間だけで、あとの8日間はなんと都内某所でひとりホームレス体験をしていたというではないか。旦那さんにわかると止められるから、口を噤んでいたらしいのだ(今も知らないそうだが、まあこのブログを見ることもないだろう)。

私は、このホームレス体験というようなことは、すこぶるチャーミングだしチャンスがあればしてみたいとも思う(まあ、実際にそうなるチャンスがないとも言えないわけだし)、いわばヘンなヤツだが、そんなふうに言う人は周囲にはあまりいない。まして実際に実行してしまうほどのヘンな人には、生まれて初めて出会ったことになる。

ああそういえば、辺見庸はそういうことをしたのだったか。辺見さんの『もの食う人びと』(asin:4043417012)には私も衝撃を受けた一人で、それゆえか、その後の書き物には非常な期待とともに非常な厳格さをもって臨んでしまい、それでなんとなく重箱の隅に尊大さや卑小さをこそ見つけてしまうような読み方になる(というほど読んではいないのだが)。脳出血に癌というダブルパンチにみまわれたおぞましさを病床で綴ったという『自分自身への審問』(asin:4620317551)をこのあいだ読んだが、やっぱりそういう違和感は漂う。文章や語彙が皮肉でなく出来過ぎであるのがよくないのかとも思う。あるいは、彼が本当のホームレスだったなら脳出血と癌では高度高額の医療を経由せずして直ちに死、だったのではなどとも考えてしまうせいか。

世界は善も悪も神も戦争も何でもためらわず購う単一の市場と化している、とかお前はいうが、お前自身、病をあれこれ衒い、知死期のありようさえ文にして売るかのような自己商品化を地でいっているではないか。お前のいうことはでたらめだ。

辺見氏はこのように自らを審問するんだけど、え〜と図星なんじゃ? …いやいや、だからこんな厳しいことを言うのは傾聴しているからこそですよ。

で家主さんのほうはというと、どうしてホームレス体験なんかと問われたが、ホントに大した理由はなく、いつも忙しく人と関わっているからたまには完全にのんびりしたいとか、そのくらいのことだったようだ。だから公衆トイレで寝たこともあったが、用事で家に帰ったりめったに行けない映画を見にいったりもしたそうだ。

この話を聞いた場には外国の人が交じっていたので、時折みんな英語も使った。座禅の話でも野宿の話でもわざわざ下手な英語に翻訳して会話すると、なにかがむき出しになって地金が現れるみたいなところがある。それが金か鉛かは分からないのだが、そういうところ、妙に新鮮だった。

ヨガには8段階あるなんていう核心めいた話も、家主さんから初めて教えてもらったが、それも英語だったから、むしろ本気で意味を考えたかもしれない。せっかくなので思い出しつつ記しておくと。

入り口のレベル1が「what you shouldn't do」で、レベル2は「what you should do」なんだそうだ。なんかおもしろいではないか。レベル3は「アサナ」つまりヨガのポーズ。レベル4が「呼吸法」(英語は忘れた)。で、その上のレベル5「アタッチメントをアバンダンせよ」というので、アタッチメントって何だろうと思ったら、執着と訳すのだ。そうして一切合切捨てたあとに「アクセプト(受け入れなさい)」、これがレベル6。レベル7は「メディテーション」で座禅の話につながっていく。そして最上レベル8、名づけて「三昧(サマディ)」。「へぇ」「はぁ三昧ですか」。日本語でも英語(サンスクリット語?)でも分かったような分からないような。「要するに何でもありなんですかねえ」とか私。「ザンマイ イズ ナッシングよ、ほほほほほ」と家主さん。ははぁ。あ「無」かな。

ちょっと十牛の教えっぽくもある。
参照:http://homepage2.nifty.com/ohmygod_axl/zen/jyuugyuuzu-ex.html


「Do you believe in God?」などと英語だから素朴にみんなに質問したりもした。逆に私も聞かれたら「I haven't understood God yet。But I'm searching God」とかさらりと答えようと思っていたのだが、聞かれなかった。

「seek and find」の物語が村上春樹なんだとか、昔よく言われたのを思い出した。神もsearchよりseekするものなのか。searchならやっぱりGoogl神がふさわしいだろう。seek&sheepとか。P&Gとか。

さて結論的になるが、ヨガ歴22年の家主さんがおっしゃるには「mindはbodyであり、bodyが分かればmindが分かる」ということなのである。だから「Do. Just Do !」「ああそうですね、Don't think. ですかね」。

英語に疎いおかげで、新しい概念をすいぶんと勝手に発見してしまうのだ。覚えたての用語で幼児が初めての世界を描くかのように。

たしかに身体はものすごく深いものなのだろう。それと同じくらい言語というものもものすごく深いように思う。とりあえず今は言語をもっと覗いてみたい。

ゴールデンウィークは、仕事が気になるのに、つられて休んで焦るばかりで、だんだん口数も重く、というか指数も重くなり(キーボード粘着)、ブログのブランクが空いてしまった。