東京永久観光

【2019 輪廻転生】

『眼の誕生〜カンブリア紀大進化の謎を解く』


地球最初の生命は40億年ほど前に出現したとされる。では生命はその40億年をかけて徐々に徐々に進化したのかというと、実はそうではなく、5億4300万年前の一時期に突如として多様化したと考えられている。それを「カンブリア紀の爆発」と呼ぶ。それまでの30数億年間は生物はほとんど進化しなかったし、また、現在の生物分類の大枠である38門がカンブリア紀にはほぼ出そろってしまったというのだ。では、このカンブリア紀の爆発的な大進化・多様化をひきおこした原因は何だったのか。独自の明快な解答がこの一冊によって示される。

この本は探偵小説の構成で出来ていると著者は最初に述べている。最終の謎解きが第9章「生命史への大疑問への解答」だ。といってもまあ、真犯人の名は書名にもなっている。すなわち「眼の誕生」。だから、とりあえずその第9章を熟読した私を責めないでほしい。

さて、眼の誕生がどうして生物の爆発的進化を呼び起こしたのか。地球の生物はカンブリア紀になって初めて世界を見た。そして、それまでは真っ暗闇のなか触覚や嗅覚でもぞもぞと探るしかなかった餌が、まさに目の前を動くのが見えたのだ。そうして、見える餌を捕まえやすくするような体の変異がきわめて意味をもつようになった。同時に餌として捕まりにくくするような体の変異もきわめて意味をもつようになった。

《地球を照らす光のスイッチがオンにされ、先カンブリア時代を特徴づけていた緩慢な進化に終止符が打たれた。》
《新しい原則が必要になっていた。あらゆる動物が、視覚に適応するための進化を迫られた。もたもたしていれば食われてしまうし、獲物におくれをとってしまう。かくしてカンブリア紀初頭に、視覚への適応レースが演じられた。新たに利用可能になったニッチの奪い合い、現行の「生命の法則」が成立するまでの大混乱こそが、カンブリア紀の大爆発だった。これでようやく、確信をもって答えられる。カンブリア紀の爆発は、視覚が突如として進化したことでひきおこされたのだ。》

とりわけ面白いと気づかされたは、ものが見えたという激変に対する七転八倒こそが大進化であり、それに対する適応が行き届くと進化はほぼ収まってしまう、という原則だ。

生物の進化というストーリーを語るのに、「カンブリア紀」も「眼」もどちらも、「恐竜」に並ぶくらいダイナミックで魅力的な題材なのだなと思う。その二つがまたエレガントに結びつくのだから見事というしかない。わくわくして読んでいるうちに、進化理論の基礎みたいなものが具体的なイメージで身につくことにもなろう。

ところで。この説は著者の独創らしいのだが、それにもかかわらず「眼の誕生」という真犯人がそれほど意外には思えないということはないだろうか。「こんなわかりきった話が、ほんとうに科学の新説なのか。誰だって思いつけることじゃないか」と言われても仕方ないくらい「あたりまえの答だと思う」と、著者自身も最後に書いている。生物が視覚を得て世界が見えるようになることの激変自体については、自分もいくらか考えを巡らせたことがある、という読者も多いだろう。で、そうであればむしろ、同書の展開はいっそう興味深く感じられるに違いないのだ。


眼の誕生〜カンブリア紀大進化の謎を解く ASIN:4794214782
(アンドリュー・パーカー著 渡辺政隆/今西康子 訳)