東京永久観光

【2019 輪廻転生】

★黒船/サディスティック・ミカ・バンド

黒船


明快なコンセプトに貫かれ、各曲の質が高いだけでなく、アルバム全体の起伏と彩りに富んだ展開が素晴しい。歌劇を思わせる一枚だ。

1853年の黒船来航といえば「西洋ミーツ日本」そして「日本ミーツ西洋」の瞬間。それはたとえば、互いの音楽が出くわしたときの驚きや発見にも象徴される。しかもその遭遇なら以後の100年余には何度か繰り返されてきたはずだ。そうした積年の驚きと発見を、江戸という原点そして現在(70年代当時)の両方から見つめ直し、解釈し、満を持して奏でてみせたのがこのアルバムということになろう。そこには「島国音楽に開国を迫る黒船」という自信もあったに違いない。実際このアルバムを聴いた人は、新しい江戸に出くわすとともに、新しい現在にも出くわした気分だったのではないか。つまるところ、日本が改めて見つけ改めて見つめた日本。

制作メンバーは加藤和彦、加藤ミカ、高中正義、小原裕、高橋幸宏今井裕。作曲は加藤和彦が大半だが、インストについては「作曲 サディスティック」とある。作詞はすべて松山猛。なおこのアルバムは英国でも発売された。

サイド1。まだ見ぬ日本へのエキゾチズムを湛えた「墨絵の国へ」。音響的でもあるボイスが風流。しかし日本からすれば、沖に見える外国船に落ち着いてなどいられない。それが「何かが海をやってくる」。ベースとドラムが不穏な空気をかきたて、ギターも我慢しきれず騒ぎだす。そしてとうとう太平の眠りは破られた。それが「黒船」。ペリーが浦賀に上陸した嘉永6年の日付を冠した3部構成になっている。この演奏が圧巻。高中正義のギターがとにかくもうパワー全開で、テクニックのすべてを盛り込んで弾きたおしている。熱く激しいロックの本領といった演奏が繰り返されたあと、ファンキーなあるいはフュージョンのノリに変わってさらに徹底して揺さぶりをかけ、最後はプログレにも似たサウンドが、黒船の歴史にはふさわしい壮大な盛り上がりを奏でてしめくくる。このアルバムはピンク・フロイドを手がけたクリス・トーマスがプロデュースしたというのも、うなずける。

サイド2では、西洋と江戸が互いに覗いたとおぼしき異国の風趣、その憧れおよび面白がり方が歌われる。「どうぞよろしく」の空騒ぎは、初めて眺めた江戸の町で人々の粋と暢気に触れた印象か。日本側もあれほど怖れた相手にすぐ馴染み、「どんたく」では仲よく浮かれるの図。異人さんの屋敷で週一回の休みと、ついでにロックとやらを楽しんでみたといったところ。わらべ歌がファンクになったみたいな「塀までひとっとび」は、まさに東西融合。着物の町人が異人さんに乗せられて歌い演奏したらこんな感じなのだろう。北野武の映画『座頭市』にあった農民の鍬のリズムや祭りのタップダンスを思い出した。また「四季頌歌」では日本の静謐な風景が、逆に「さようなら」では西洋の魅惑の産品が、それぞれ淡々と愛でられる。どちらもシンプルな旋律と歌声がいいが、実は間奏のギターもいい。しめやかな歌詞もいい。歌い出しだけ紹介。《降り積む雪は音を隠し 凍えた眠りに 息も秘む》(「四季頌歌」) 《はじめて目にする物ばかりだ ギヤマン瑠璃色の 切子硝子に見知らぬ花が 鮮やかに》(「さようなら」)。

サイド1の「タイムマシンにおねがい」はシングルカットされた。ただこのアルバムではこの曲だけやや異質で、間違って紛れ込んだようでもある。まあ、歌劇『黒船』の挿話として楽めばいいだろう。未来人のタイムマシンが恐竜の時代へ行って帰る途中、ちょっと気が向いて開国の日本も覗いてみたといったふうに。歌詞に「鹿鳴館」が出てくるので、時代は少し後だけれど。??と思っていたら、アルバムのジャケットに平賀源内があしらわれており、《その頃すでにタイムマシーンについて考えていた》とある。そういう関連もあったのか。